第64話

 12月4週は、有馬記念が行われる。俗称をグランプリといい、人気投票を経て集まった18頭が中山芝2500メートルのレースに覇を競うのである。今年の中山競馬場には、雪が降っていた。日時は12月25日、15時45分。出走の時刻だ。

 まきなは、桜牧場の従業員一同とテレビで観戦していた。中山に彼女の乗鞍はないし、牧場の馬が出るわけでもない。阪神でも特に乗鞍がないので、正月休み代わりに帰ってきていたのだ。牧場では暮れの大一番を前に、興奮気味に予想が飛び交っていた。

「バッカ、武豊ていったらオメ、尊だべさ!」

「いやいや、最近は莉里子ちゃんもすごいっすよ?」

「佐藤クンでしょう!」

 オールドファンからイマドキ、それにミーハーまで。各種取り揃えているのが桜牧場である。武豊尊はダービー菊花賞で3着健闘のウィークポイント、莉里子はオークス馬のコーラルティアラ、佐藤はダービーを勝ったクゥエルにそれぞれ騎乗となっている。牡牝は違えど、クラシックを戦った3歳3強の形成である。本来は、佐藤がグリッテングラーテの騎乗依頼も受けており本馬が出走なら4強になるはずであったが、人気投票4位で出走の資格はあるにもかかわらず、急な熱発のため放牧、辞退となっていた。

「佐藤は海外専用機だべさ。莉里子はリキュールで勝ってくれなかったしなあ」

「それを言うなら、尊はここに関係ないじゃないですか!」

「オメ、キーンを知らねえのか!?」

「あっ」

 そう、皐月賞と菊花賞を取ったスーパーキーンは、武豊尊の主戦だ。

「それに、グレイゾーンだって、海外は尊だべさ!」

 哲三はまくしたてる。若手牧夫は、タジタジといったところだ。

「まあまあ、哲三さん。そうがなりたてんの」

「いやしかし、当代!」

 これが叫ばずにいられるか、と言いたいところの哲三は、まきなに指で鼻の先を抑えられた。馬みたいに。

「みんな私の先輩だから、みんなを応援しよう!」

 まきなはウインクを一つくれると、テレビの方へ向きを変えた。まきなは、そこに映された一頭の馬に注目する。

「火浦君は、同期の誇りやね」


 そう、まきなの同期・関東の火浦光成。記念すべきGⅠ初出走は、なんと1年目の暮れのグランプリだった。

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