第63話
まきなは、夢を見ていた。幼い頃の夢だ。母が若い。父がいる。祖父もだ。まだひげが黒い頃の、壮年といわれる年だ。こういう夢は久しぶりのまきなだ。心地よく目を覚ました。ただ。どうしてもいけませんか、だめだ、という声だけ、非常に耳に残っている気がした。
「~♪」
「おっ、まきな、機嫌がいいね」
「弥刀さん」
「さては・・・男だな?」
「ええっ!?」
「どんな相手?金持ち?イケメン?」
「どっちでもないです!というか、そんなんじゃないですよ!」
顔を真っ赤にして否定するところが怪しいと睨んだ弥刀、言葉巧みにまきなに言い寄る。
「そんなこと言ってー!私と君の仲じゃないか!」
「どんな仲ですか!いないものはいないんです!」
「強情だなあ・・・」
「どっちがですか!」
「ま、いいや。決心ついたら、私のところに来なさい。男の扱い方ってモンを教えてあげるわ!」
「え、弥刀さん彼氏いたことあるんですか!?」
「あるわよ!?」
失礼な!プンプン!と大人気なく怒ったふりをして、弥刀は去って行った。ここは朝の栗東トレーニングセンター。たくさんの馬が調教に明け暮れていた。もちろん、まきなも唐橋厩舎所属の騎手として、忙しく働いていた。まきなにはよく馬の方から寄ってくる。気がつけば服の袖を噛まれていたり、顔を舐められたり。顔を寄せて来る程度の馬なら可愛いものだ。だが、危害を加えようという馬はいない。じゃれ合いに来ている馬ばかりなので、まきなも気をつけながら、されるがままになっていた。
また、まきなの方に寄ってくる馬が1頭。名門一本松厩舎の『ピースフル』号だ。彼は今週末の阪神競馬場で行われるGⅠ、朝日杯フューチュリティステークスに出走が決まっていた。4戦3勝、3着1回。GⅢ新潟2歳S勝利の実績を引っさげ、地元で関東のスピード自慢の馬たちを迎え撃つのだ。鞍上は、
「こら、ピース!マキマキで遊ぼうとせんの!」
関西が誇る若き女王、武豊莉里子だ。先週はGⅠの阪神ジュベナイルフィリーズを2着に敗れていた。勝って、2週連続GⅠの片割れを制そうと燃えている。
「いいんですよ、ピースフルも遊びたいよねー?」
ブルル!と鼻を鳴らし、ピースフルはまきなの顔を舐める。自分は首を撫でられ、気持ちよさそうだ。一通りじゃれ合いが終わると、ピースフルは首を後ろに向けた。
「もういいと・・・はあ、ありがとうね、マキマキ」
「いえいえ。週末は頑張ってくださいね!」
ピースフルもね、と付け加えると、ピースフルは当然だと言わんばかりに欠伸をした。
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