第62話

 まきなは、すべてを話した。自分を生んでから、母の体調が悪化したこと。父は、母と自分を遺して早逝したこと。この人は、自分の知らない母を知っている―――その思いからだった。

「よくわかった」

 ヴァルケは、目を閉じていた。黙祷しているようにも見える。まきなは、なんとも言えない表情でその様子を見つめていた。『私は、この人を知っている気がする』そんな思いが頭を駆け巡る。子供の頃、海外競馬で何度もその姿を目にしたからか?確か、ヴァルケは両親と同い年だったか。

「済まない、私は君の父上や母上と話したことはあっても、そう親しい間柄ではなかったんだ。君に教えられることはないよ」

 ヴァルケは、目を開けると穏やかな笑みを浮かべて、まきなに言った。そう、関係ないのだ。関係あろうはずがない。あの夫婦、この娘と。

「でも、教えてほしい!母は、滅多に家を出られない人でした!父を知っているのでしょう?3人で話をしたことだってあるんじゃないですか!?」

「ミス、御蔵・・・」

「もう、触れられないから!思い出以外、私には何もない!もう二度と、あの二人は私の元には帰ってこない!」

「・・・・・・」

「昔の、母や父のこと、知っている人、もう祖母くらいしかいません。父は九州育ちで、鵡川に友達はいないって」

「君の目」

「?」

「君の目は、母上によく似ている。まるでひかりの生き写しだ。だが、声の抑揚、特に英語を話すとき、どこか父上と話している気分になる」

 まきなの顔色がぱあっと明るくなる。ヴァルケは、こういう心理が顔に出るところも父親そっくりだとおかしくなり、無理やり優しい笑みを顔に貼り付けて、笑い出さないようにしている。

「ヴァルケさん?」

「いや、君は姿形は母上似だが、仕草は本当に父上だな!よく言われなかったか?」

「確かに、哲三さん・・・従業員の方にはよく言われます。でも、あまり自信なくって」

「ほう?」

「お父さん、いえ、父は優しい人だけど、私にだけ変に優しかったんです。よく日本では、『目に入れても痛くない』っていう言葉があります。けど父の場合、目に入れることも厭わない・・・そんな風に扱われていました」

「それは、何があっても守るという意志の現れだろう。私には養子がいるが、あの子を守るためなら、私だってなんだってするだろうよ」


「レディ、君はまさしくご両親の築いた財産だ。その身を、大切にしてほしい」

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