第56話
莉里子の言う、『こわーい二人』、ローランとジャンヌは、前を眺めて感想を言い合っていた。ジャンヌ曰く、
『ミスター、早いですね』
『いやあ、これで早いってなら、アメリカのクラシックはやばいぞ?』
ローランはなんてことない顔をしている。ジャミトンでアメリカのケンタッキーダービーに出たときは、こんなものではなかったのである。
『ハイペースとは・・・』
含み笑いをしてローランが一つ、ムチを打つ。
『こういうのを言うのだよ、レディ!』
猛然とまくり始めていくジャミトン。ちょうど、第3コーナー内側に植わる、大欅の向こう側からの超ロングスパートだ。ジャンヌは焦った。追いかけなければならない。しかし、作戦を崩すことはもっとできない。
「ええっ!?」
「マジかよ!」
馬群が大欅を越えたとき、ジャミトンは馬群のど真ん中。佐藤と莉里子の間に突っ込んできた。ローランの事故も覚悟した、とんでもない騎乗だ。強引に道をこじ開け、さらに先へと進んでゆく。大欅で馬群が見えなくなった瞬間のことだったので、あまりの速さに、観衆からはジャミトンが瞬間移動したかのように見えた。
≪ジャミトンです!ジャミトンがぶっ飛んでいく!名手ローラン、マジック発動!≫
実況も、一瞬のことだったので仰天している。解説の岡田幸彦が一言、≪無茶しおる≫と言ったが、状況自体は呑み込めていない。とにかく、大欅からペースアップしたのだろう、とは思ったが、たった一本の木を回る、わずかな間に10馬身を詰める瞬発力が信じられない様子だ。ジャミトンはそのスタミナもだが、動きたい時に自由に発揮できる瞬発力が一番の強みであることは知られていない。
とにかく、ジャミトンが先団にとりついた。こうなったからにはペースは止まらない。カットルックヘアーマンも、サターンズベストも鞍上は驚きながらもペースを上げていく。さらに事態が動いたのは、第4コーナー、東京競馬場はスパイラルカーブと呼ばれる特殊なカーブだ。スピードをつけたまま突っ込んでいける。
≪出ました!ジャミトンが先頭で府中の直線526メートルに突入していく!≫
四角先頭、というやつである。この時点で、2番手のカットルックヘアーマンは3馬身後方におり、位置を上げていたリキュールは3番手まで来ていたが、5馬身以上の差があった。脚色は、ジャミトンが抜群といった格好である。
残り200メートル、これはもうだめか?という思いが莉里子の頭をよぎったとき、内をついていく光を見た。
『待ちなさい、ミスター!』
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