第55話

 さて、ジャパンカップである。まず逃げたのは、

≪カットルックヘアーマン!逃げました!鞍上はフランスのギョーム!≫

 フランスの凱旋門賞3着馬、カットルックヘアーマンが日本馬のサターンズベストを引き連れて逃げる。4歳馬で、16戦4勝。主な勝ち鞍に、昨年のニエユ賞がある。この勝利により、凱旋門賞1番人気に推されたほどであった。莉里子はちょっと離れて3頭目の好位を占め、佐藤のクゥエルは8頭目、中団にいた。ベイカーランとジャミトンの1番3番人気のコンビはというと・・・

≪名手ヴァルケ・ローラン!ジャミトンは最後方に布陣!隣にはジャンヌ・ルシェリットとベイカーランがぴったりとマークだ!≫

 ジャミトンは今年の凱旋門賞馬だ。ロンシャンでしてやられたジャンヌ(当時は違う騎手だった)が、意識するのも無理はない。ベイカーランは先行馬だが、意図的に位置を下げたのだろう。ジャミトンは自在脚質で、どこからでも勝負できる。カットルックヘアーマンのギョームが作ったペースは、かなりのハイペースとなった。サターンズベストが盛んにハナを主張し、そのたびに受けて立ったため、自然とペースが上がっていたのだ。

「急ぐわねえ・・・」

 自分のペースを堅持していた莉里子はいつの間にか8馬身近く離れ、ポジションも7頭目になっていた。そこは、やはりペースを維持していた佐藤がいるところでもある。

「あら、佐藤くん。御機嫌いかが?」

「なんですかそれ・・・」

「あはは、言ってみたかっただけ」

 莉里子は前を見ながら言う。

「もうそろそろ10馬身離されてきたけど、前だいぶ早くない?」

「そうですね、1000メートル59秒台もあるんじゃないですか?」

「よねえ。間違ってたらどうしようかと思った。ほら、この子の生産馬、マキマキじゃない?負けられないのよね」

「え、そうなんすか?」

 驚く佐藤。馬の生産者のことは、あまり気にしたことがない。

「そうなんよ、桜牧場って、いつもあの子のお婆さまが出てくるんやけど、珍しいやね。マキマキが出てくるの」

「御蔵の牧場って、GⅠ馬出すようなところなんですね・・・」

「クラシックなんて10勝近くしてるんじゃないの?名門牧場よ?」

 とにかく、と言って莉里子は話を締めた。


「後ろから、こわーい2人が上がってこない間に、何とかしないとね」

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