第54話

 パーパパパパパラー!

 東京競馬場に高らかにファンファーレが鳴り響く。ジャパンカップの本場馬入場の合図だ。誘導馬2頭に連れられ1番ジャミトンを先頭に、続々と馬が入ってくる。その様子を、まきなは馬主席から眺めていた。リキュールは芦毛の牝馬、つまり桜牧場生産の競走馬。その資格で、まきなは馬主席に招かれていたのである。

「いやあ、御蔵さん!いい馬を売っていただきましたよ!」

 そういうのはリキュールのオーナー、老舗酒蔵の13代目、鞍馬善十郎である。重賞3連勝してからのGⅠ制覇。親子3代でこれほどの馬は初めて持つ。元来、リキュールという名前は、善十郎にとってはとっておきのものだった。GⅠを勝つほどの馬に、と願って付けたリキュールは、3歳時にはオークスで3着に入るなどの活躍を見せていた。秋華賞で故障し、長期休養。4歳秋に戻ってきた彼女は、重賞を勝ちまくって宝塚記念に続くわけである。

「あの子には、私もまたがって馴致したんですよ?」

「おお、今をときめく御蔵騎手に!そりゃあ、強くなるわけだ!」

「お上手ですね」

 幼いころから競馬サークルに出入りしていたまきなである。異国でさえなければ、これくらいの社交は簡単にこなす。

「私が乗れないのは残念ですけど、莉里子さん・・・武豊騎手なら。きっとやってくれます」

「そうそう、武豊騎手!去年のレースを勝ってるから今年は連覇だって、燃えておられましたな!」

「あの方は伯父さまが尊さんですから。記録にも記憶にも残る騎手、っていつも」

「うーむ、意識が高いというやつですか」

 話している間にも、返し馬で準備運動が続く。

「どうですかな、生産者・騎手から見てリキュールは」

「ええ、悪くないです。欲を言えば、もう少し、騎手のトモに張りがあれば・・・」

「わっはっはっは!御冗談がお上手ですなあ!」

 莉里子が聞いていればノリツッコミで応えただろうが、本人は返し馬で忙しい。その代わりに、彼がいた。

「胸板もねえ・・・足りないんやないか?」

「尊さん!?」

「おお、武豊騎手」

 この日は乗鞍がなく、営業にやってきた武豊尊である。

「顔はまあ、女っぷりが悪ぅないんですが、首から下がねえ。トモといい、尻もやな。まあ、言い方はあれやけども、貧相やわ」

 自分の姪だというのに、すごい扱き下ろし方だ。尊のすごいところは本人が目の前にいてもそれを言うので、莉里子もノリツッコミに応じなければいけないところだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る