第53話

 ジャンヌはあの後、何度か莉里子の家に泊まった。なんせ、世界的にも活躍する女性騎手である。聞きたいことはたくさんあった。恋愛相談をすることもあった。

「あー、佐藤くんの好みねえ・・・」

「ハイ!」

 鼻をフンス!と鳴らして尋ねたジャンヌである。

「あの子、悪くはないけど、ジャンヌちゃんのほうが上手いと思うよ?その辺どうなん?」

「ウマイ、ヘタ、ジャナイ、デス!」

「そうかー、マキマキ・・・御蔵ちゃんと一緒にいるときは、視線が忙しそうやね」

「?」

「御蔵まきな、会ったことあるんじゃない?」

「アッ、ミクラ!」

 キングジョージで勘違いから威嚇した少女である。

「アノ、ヒトノ、ドコガ!?」

「ああ、胸じゃない?」

「ムネ・・・?」

「バストだよ。あの子、結構大きいんよ」

 かぁぁ、と顔が赤くなるジャンヌである。彼女とて年頃の女の子だが、普段そんなことを意識することはない。

「ヤッパリ、オオキイ、ホウガ?」

「あの子も、男の子だもんねえ・・・」

「ううっ・・・!」

 自分の胸を見下ろしてみる。確かに、大きくはない。つつましい。騎手には有利だと思っていたが、こんなところで障害になるとは!

「リリコサン!ドウシタラ・・・」

 大きくなりますか、と聞きかけたところでジャンヌは息をのんだ。そう。

「私に聞いてくれても、たぶん答えられないよ?」

 莉里子は本気のモデル体型。引っ込むところも出るところも引っ込んでいた。

「「くううっ!」」

 二人して臍を噛む、日仏の女性ジョッキーたちだった。


 最終追い切りの日に、特に目立った動きを見せたのはベイカーランだ。ジャンヌの騎乗技術は、佐藤が渡仏していた4か月前より、さらに上がっている。

 『ベイカーラン、久しぶりのフランス馬による1番人気あるか!』『ジャミトン、好気配!』など、景気のいい記事が並んだ。日本馬は、莉里子のリキュールが大将格として見られ始めていた。しかし、久しぶりに外国馬が優勢のようだ。ジャパンカップへ向けてジャンヌが精魂込めて丹精するベイカーラン。21戦3勝、GⅢ勝ちが1回だけの馬だが、GⅠでの成績はディアヌ賞と凱旋門賞で2着があった。

「ジャンヌちゃん、いい馬乗ってるね!」

「リリコサン」

「乗ってるねというか、いい馬に育てたんだね。馬の信頼がにじみ出てるよ」

「えへへ・・・」

 褒められてうれしくない人間などいないが、馬に対するものが一番うれしいのが、ジャンヌ・ルシェリットであった。

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