第28話

 ジャンヌの騎乗は巧みだった。時間が経ち、馬が疲れ始めたのを認めると、太ももを締め、あえて加速を促す。追うのではなく、促すだけ。しかし、これがいい。

 だいたい、馬は賢い。疲れを示すたび止めていると、何時しか馬はそれを覚え、いつでも疲れた素振りを見せてしまう。そうなっては、立派な駄馬の完成だ。ジャンヌは、『休みを与えるのはあくまでも騎手』と馬に示しながら、調教しているのだ。

 ジャンヌを前にしていなければ、ただのんべんだらりと走っているだけだった事実を、佐藤は突き付けられる。自分は、幾つも年下の女の子よりも馬について知らないという事実。


「なあ、ジャンヌは厩舎育ちなのか?」

「え、キュウ、シャ・・・ソ?」

「ああ、悪い、難しいか。馬に関係する生まれなのか?」

「イイエ、チチ、はCapitaine、ハハ、はProfesseur・・・デス」

「船長に研究者・・・関係ねえな。馬に詳しいから、牧場で育ったのかと」

「Bordeauxウマレ、デス」

「ボルドーか、ワインだな」

「オイシイデスヨ?」

「飲むの!?」

「エエ、Granpa、ガraisin、ノ、ノウカ、デス」

 こんなまだ幼い子が飲むの?酒?周りも飲ませてるの?

「オイシイ、デス!」

 とてもいい笑顔だ。なら、もう何も言うまい・・・だが、ジャンヌはフランスの一般家庭育ちで、どうして騎手になろうと思ったのだろう。

「なあ、ジャンヌはなんでジョッキーになったの?」

「チチ、はArgentine、やIrlande・・・にイクコト、ガオオイ、ンデス」

「うんうん」

「hippodrome・・・競馬場、ハ、ウツクシイ、デス。ワタシ、モハシリタイ、トオモイマシタ」

「競馬場に行ってたんだ?」

「ハイ、ハハ、ガamusementparkノ、ベンキョウ、ヲ、シテイマス」

「うーんと、なんか遊園地とかの研究をしていると」

「ハイ!」

「で、お母さんに連れられてるうちに、競馬に・・・」

「ソウデス。ウマ、ハ、ウツクシイ。ワタシ、モ、ノッテミタイ・・・」


 親に相当せがんで牧場に行き、馬に乗せてもらったジャンヌは牧場主に素質を見出される。その男は、『この子は、将来的に相当な騎手になりますよ!』と、15歳のジャンヌを先代から親交のあったポーの小室厩舎に送り込んだのだった。

 そう話しながら、馬の鼻を撫でるジャンヌは、まるでその名の由来・・・聖女かはたまた慈母のようだと、佐藤は思った。

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