第27話

 ポー調教場で佐藤に与えられたのは、2頭の牡馬の調教と、生活スペースとして厩舎が備えるアパルメトン寮の一室だった。牡馬はそれぞれ鹿毛馬が4歳、ウェンリード号、青毛馬が3歳、ジャンガスコーニュ号というらしい。気性は両馬穏やかで、ウェンリードに至っては調教中に鳥が2,3羽止まり木がわりにしていることもあるという。


 広大なポー調教場の真っただ中で、佐藤は調教パートナーとして付けられたジャンヌ・ルシェリットと二人、馬を引いて立ち尽くしていた。ジャンヌは小室厩舎に預けられた見習い騎手で、一時期両親の仕事の都合で日本にいたことがあり、片言ながら日本語を理解し、話す。

 佐藤としては、ここの流儀など分からない。是非ジャンヌにフランス・ポー流のやり方を習ってみたい。しかし、どうも相手の思惑は違うらしい。


 ジャンヌは、出会った当初から佐藤を憧れの眼で見つめていた。どうやら、日本でGⅠを2勝してきたという実績・・・特に、『日本ダービー制覇』の勲章を過大評価しているようだ。その誤解から解かなくては。

「あのぅ・・・ジャンヌ、さん?・・・マドモワゼル?」

「サン、ハイイ、デス。mademoiselleナンカ、ジャア、リマセン」

「・・・」

「イラナイ、デス」

 めちゃくちゃ目を覗き込んでくる。この目の感じは、御蔵の奴に似ているなあ、と感じた。

「えっと・・・じゃ、ジャンヌ?」

「ハイ」

「俺としては、ここのルールが知りたいんだけど・・・」

「デモ、formateurハ、慶太郎サン、ノ、orderヲ、キケ、ト・・・」

「でもさ、日本じゃ追いきりって言ってギャロップで扱くけど、こっちはキャンターで流しながら強度を上げていくんだろ?」

「ハイ」

「俺はそのやり方を習いに来たんだけど・・・」

「デモ、私は、ミナライ、デス、カラ」

 この場の指揮官は貴方だから、と言いたげなジャンヌである。

「ヒントだけでも・・・くれない?」

「馬ニ、ノリマショウ」

「・・・そうだね」


 パカパカと、馬を歩かせて話し合った結果、仕方ないので佐藤が聞きかじった調教方法から連想したやり方でやってみることにした。ジャンヌに年上のウェンリードを任せ、自分はジャンガスコーニュで追いかける。馬は群れで走る。流し流しで馬が疲れるまで走っていようとなった。ジャンヌが反対しない辺り、これで正解かとひとまず安堵する。

ドドッドドッドドッドドッ!


 こうして、佐藤のポーでの1日目が始まった。

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