第21話
《先団各馬、大欅を回って、第4カーブ!グリッテングラーテまだ先頭!しかしその差は首差まで縮まっている!抜かれたクゥエル、上がってきた!》
佐藤は重圧を感じていた。不遇の美浦。閉鎖された環境ゆえ新人に厳しく、勝てるのはごく一部の上位ジョッキーと関西、外国人ジョッキーだけ。でも、自分は板東先生に拾ってもらえた。ゆで卵トレで強くしてもらえた。馬も、数をこなせるように回してくれて、1年目35勝。今年はダービーに行く馬の世話まで。
「負けられない。先生の恩に、報いて俺は・・・」
彼は、騎手免許をとったら、即外国に行きたかった。エプソムのダービーステークス、ロンシャンの凱旋門賞、チャーチルダウンズのケンタッキーダービー。ホースマンとしての憧れだ。それを許してくれる厩舎を探したが、そもそも厩舎の出身でなく、牧場に縁もないような彼を拾う厩舎はなかった。一人売れ残ったところを、とりあえず実習だけでもと誘ってくれたのが板東調教師。
彼はすぐに外国に行きたいという佐藤を制し、とりあえず新人王を目指してみろ、と言った。その言葉に応えて昨年の新人王に手が届いた頃、師が2年後、つまり来年1月からの武者修行の話を持ってきたのだ。
場所はフランスにある、小室厩舎。フランスで開業した日本人、小室圭調教師が受け入れてくれるという。
「新人王を当確したと言ったら、すぐに返事をくれたよ」
と笑う師を横目に、佐藤は男泣きに泣いた。この人の弟子として、なにか大きなことをして、フランスへ。彼は、そう思うようになっていた。
「板東センセ、そりゃあ、アンタも還暦にして出来た弟子がかわいいじゃろ・・・」
佐藤の進出を目にした金子は、またごちる。
「でもな、ワシかて、ダービーがほしい。欲しゅうて欲しゅうて堪らん。海外だの、何だのと贅沢言わん。ただ、自国のダービー。それが欲しいっちゅうのは、贅沢か?身の程に合わんか?のう、先生・・・」
グリッテングラーテが首を振った。
「なんや、お前、もう限界か?」
口も大きく割れているが。しかし、手応えは悪くないと感じていた。そのうち、ガチリ、と小さな音が鳴った。それが合図だった。
「そら、行くで!ギア、もう一段じゃ!」
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