第22話

 一ムチ入れられたグリッテングラーテが、差し返す。尊と莉里子は必死に応戦するが、勢いが違った。それどころか、ラッキーカラーは怯んで後退、ウィークポイントも斜行して、外ラチに向かって逸走する寸前の状態になっている。2頭は明らかに疲れており、踏ん張る力がないところにグリッテングラーテの余裕を見せられて動揺していた。


「さて、邪魔者は消えたか。なあ、慶太郎?」

 ラッキーカラーに変わって伸びてきたのは、クゥエル。漆黒の馬体が、芦毛のグリッテングラーテに襲いかかった。

「じいやん!最後の勝負だ!」

「何!」

「俺が勝ったら、アンタ、引退しろ!」

「何を!?」

「いっちゃん、寂しがってんぞ!」

「ぐっ!」

 いっちゃんとは、一郎。金子の遅くに出来た息子だ。現在小学6年生で、母は離婚し、父親に引き取られた。美浦の寮に住んでおり、佐藤が兄貴分としてよく面倒を見ていた。

「父ちゃん父ちゃんって、アンタあの声が聞こえなかったのかよ!」

「うるさい!」

 その息子に、ダービーのトロフィーを。そう決めたからこそ、ここにいるのだ。なのに、負けたら引退だと?馬鹿げている。

 しかし、弟弟子の馬は差を詰め、内に入ってきた。外は・・・

「ワイの!ダービーは渡さん!」

 尊が、未だに逸走寸前の愛馬をなだめながら前を窺っている。目は血走り、額にも血管が浮き出ているその様はもはや妄執の塊だ。その姿を後ろから眺める莉里子のラッキーカラーは、もはや勝負にならない状態だった。

「結果、せめて選択が正しかったと言えるようにはしたいんやけどな・・・」

 莉里子のラッキーカラーはスタミナに定評のあるマンハッタンカフェ産駒。皐月賞は流石に距離が短かったが、ダービーは射程圏内と思われていた。しかし、スタミナ切れとしか言えないこの状況である。短距離に出たのは、こちらだったのか・・・

「年の功ってやつかしらね」

 そもそも、莉里子は皐月賞前にラッキーカラーとグリッテングラーテのどちらかを選ぶ機会があった。その時、ダービーを取れるスピードとスタミナを備えた馬、ということでラッキーカラーを選んだのだった。

《さあ、残り200!並びかけてきたクゥエルを振り放さんと、グリッテングラーテが必死の抵抗!武豊のウィークポイント、フラフラだが大丈夫か?》


 勝負は残り、150メートル。

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