第20話

《さあ、最後の馬がゲートに収まりました!スタートです!》


 今年の東京優駿日本ダービーは、グリッテングラーテの逃げから始まった。ぐんぐんと2番手以下を離し、10馬身のリードを取る。その2番手はクゥエル。またしても佐藤は2番手につけていた。

「金子のじいやんの馬は強いし、ここに賭ける思いが違う。マークしといたほうがいい」

 金子は佐藤の兄弟子に当たる人だった。美浦の板東厩舎で、思いっきり扱かれているため、怖さは身に染み付いている。苛烈で、思い定めたらとことんやる人だ。

 一方、武豊尊と莉里子は中団の位置に並んでいた。

「おじさま、今日は出遅れなかったのね」

「まあ、そりゃあな」

「金子のおじいちゃん、かなり飛ばしてるわね」

「学どんは、馬鹿にできんけえな。もうちょい前に行きたいが・・・」

 尊は横を向いて姪を睨みつける。

「生意気なイタズラ娘が、何しでかすか・・・しかと見張っとらんといけん」

「もう、おじさまったら。そうやね、2番手の佐藤くんの馬も気になるし、位置上げようか?」


《ここで1番人気に2番人気、武豊コンビが位置を上げていきます!》

 ざわっと、一気に空気が変わる。なんせ、圧倒的人気の2頭だ。鞍上の実績もすごい。自然、ペースは上がっていく。

「思い通りじゃわい・・・」

 金子は、独りごちていた。

「慶太郎が来るのは予定違いじゃったが。他は15馬身離しとる。どうせ、大欅辺りで追いついてくるのも計算の上。それよりも・・・」

 武豊はどこじゃ、と言う前に、声がした。

「よっ!学どん!」

「武・・・」

 もう来たか、と顔をしかめる金子。

「おじいちゃん、私もおるのよ?」

 間に挟まれた莉里子が存在を主張する。

「ワシのダービーをかっさらいに来おったか?渡さんぞ」

「アンタのじゃねえよ、ワイのや」

「簡単に渡すと思って!?」


 佐藤は、にわかに騒がしくなった前方を見て、困惑していた。

「尊さんに莉里子さん、こんなに早く来るなんて・・・?」

 確かに、圧倒的人気の2頭だ。来ないほうがおかしいが、まだ3コーナー、大欅の向こう側だ。そこでもう先頭に立とうと・・・?

「ここで、遅れたら負けだ!」


 佐藤も、前進を決めた。

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