第19話

「フー・・・」

 まきなと姪っ子の姦しさをよそに、気合を入れるのは武豊尊だ。自身7度目、そして日本競馬史上最高齢でのダービー制覇に向け、感覚を研ぎ澄ましている。GⅠを100勝、そのうち八大競走は30勝という実績を持つにもかかわらず、ダービーのこの瞬間だけは、こうして気合を入れ直さないと手が震えてしまう。若い頃はどうだっただろうか。同じだ。彼が自問している時、騎乗命令がかかった。

 彼の騎乗馬は7番、重賞馬のウィークポイントだ。2番人気に支持されている。グリーンハーブと引き分け、しかし生き残った。関西の秘密兵器として、ダービーに乗り込んできた馬だ。

 他の有力馬としては、1番人気の1番、ラッキーカラー。莉里子騎乗で、皐月賞を2着している。単勝オッズは2.1倍。かなりの人気だ。3番人気には皐月賞馬の18番、グリッテングラーテ。父はロードカナロアで、さすがに距離が不適と見られての3番人気だった。


 東京競馬場の地下馬道を出て、出走馬たちが返し馬に向かう。

《東京優駿日本ダービー!返し馬の解説を、禅定神成さんにお願いします!さあ、禅定さん。1番人気にはラッキーカラーが来ましたね!》

《ええ、そうですね。前走の皐月賞、最後の直線で3着入線馬に横から当たられるという不利がありました。しかし、今日は馬体に張りがありますね!とても良い調教過程を経ています》

《2番人気に武豊騎手のウィークポイント。武豊騎手、相変わらず、ちょっと怖い顔してますね・・・》

《ええ、昔は般若の貴公子と呼ばれた騎手ですから。でも、顔はこわばっていても、騎乗は冷静、クレバーです。馬の方は・・・気合乗ってないように見えますけど、元からあんな感じですからねえ。直線の長い府中ですし、前走以上のパフォーマンスを期待できます》

《3番人気はグリッテングラーテ、今年58歳の最高齢騎手は金子学騎手ですね!》

《彼とは同期でねえ、3000勝してもダービーをなんで勝てないのかって、嘆いてましたよ。グリッテングラーテは、地味ですが堅実でよく伸びる脚を使います。今日はどう乗るのか聞いてませんが、展開次第でテッペンを取るでしょうねえ》

《他に良さそうな馬はいますか?》

《8番、クゥエルですかねえ。7番人気ですか・・・この感じ、もっと上でもいいですけどねえ?気合乗りは十分だし、トモの運びも・・・鞍上は若手の佐藤ですが、悪くありません》

《後は、5番人気のバスターエンドです。この馬もいいですね。気合、張り、十分です》

《返し馬の解説でした》

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