第18話

「来た!」

 まきなとオージャスを目がけ、各馬が殺到してくる。しかし、オージャスの粘り腰で、他馬は中々接近できないでいた。そんな中、直線残り300メートルで2馬身差まで詰めてきたのはサイドエンゲージの佐藤である。

「御蔵!こんな馬鹿げた逃げをしろとは言ってないぞ!」

「レースは人に言われてするものじゃないでしょう!」

「何を!」

 まきなはマウスピースを物ともせずに宣言する。

「私は!その馬に合ったレースをするだけです!」

「言ってくれる!」


ドドドドドドドド!

 そうこう言っている間に残り100メートルを迎え、次第に後続の蹄音も大きくなってくる。しかし、まだ5馬身差。勝負は前の馬に絞られた。

「おおおおおお!」

「ふううううう!」

 押して、押して、押しまくる。最初から追われ通しだったオージャスの、どこにそんな力が残っていたのか。一旦、サイドエンゲージの首までが前に出たが、それを差し返したのは、ちょうどゴール板に差し掛かったところだった。

《むらさき賞、ダービー直前の勝負を制したのは!オージャス!オージャス、オープン入りです!鞍上御蔵、3連勝、5勝目!》


「はあ、はあ・・・」

「負けたよ、御蔵」

 さすがに追い通しで疲労困憊のまきなに、佐藤が声を掛ける。握手を求めているようだ。腕も上がらないまきなもなんとか応じて返す。

「サイドも、強かった、ですよ・・・」

「まあ、ここまで一緒に頑張ってきたんだ。3歳の3月、俺と一緒にデビューして、1600万まで、二人三脚やってきたんだ」

 佐藤はため息をついた。

「ダービー負けるかもしれないより悔しいかも」

「まだ経験してもないのに、ですか?」

「いや、絶対悔しいな。ああ、悔しい!くそっ、女の子に負けた!」

「ひどい!」

 頬を膨らませてまきなが言うと佐藤は笑い返す。

「ははっ、見てろよ、御蔵。先にダービージョッキーになってやる」


 装鞍所に引き上げたまきなに、次レースの準備をしていた莉里子が声をかけてくる。

「マキマキ、復活どころかパワーアップしたんやね!やるじゃない!」

「莉里子さん」

「逃げた時の気合乗せが尋常じゃないわね。一つ、殻を破った印象だわ」

「いえ、まだまだそんな・・・」

 照れるまきなに、莉里子が問いかける。

「でも、なんでわざわざ府中に来たん?関西の方が乗鞍あるでしょうに」

「え、だって騎手たる者なら、ダービーの週には府中にいたいものじゃないですか?」

「まあ、そうかもだけど・・・アナタ、ダービー乗れないじゃない。なら、地元でがんばりなさいよ!?」

 と、言っている間に騎乗命令。


「まあ、見てなさい。私二度目のダービー制覇を見せてあげるわ。」

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