第17話

 さて、9Rである。むらさき賞。1600万条件の特別戦だ。1600万下といえば、準オープンと呼ばれて実力馬が揃うレース、まきなにとって、そうそう乗る機会のないレベルの馬がひしめき合っている。

 まきなは3番人気のオージャスに騎乗していた。これは純粋に馬の力が認められた3番人気、つまりまきなにとって掲示板外は認められないレースだ。いつもどおり、マウスピースを噛んで気合を入れているところに、佐藤が話しかけてくる。

「やあ、って・・・気負い過ぎじゃない?」

「なんでふか?」

「うわっ、無愛想。どっちが素なんだろうね」

「レース前で気が立ってるだけです。で、ご用件は」

「マウスピースなのによく喋るね」

「慣れてますから」

「そ、そうか・・・まあいいや。キミ、僕の邪魔だけはしないでくれ。ダービー前に怪我なんてしたくないんだ」

「邪魔?」

「いきなり最内突っ込んでくるとかだよ!危ないったら・・・」

「そんなんで落ちるほど、先輩下手でしたっけ」

「落ちないけどさ、馬がどう反応するかわかんないじゃない!」

「・・・気をつけます」

「どうなんだろうね」

 騎乗命令がかかり、馬の方に向かっていくまきなの後ろ姿を見やりながら、呟いた佐藤である。


ドドドドド!バチッ!バチッ!

 結果から言ってむらさき賞は、非常にハイペースなレースとなった。その原因はと言うと―――


《御蔵!関西の御蔵まきな!他馬を大きく離して逃げます!》

「レースを壊せって言ってないよ!?」

 2番手から思わず声をかけた佐藤だが、大きく後続を引き離すまきなは聞いていない。

「くっそお、こちとら1番人気なんだ・・・」

 佐藤の8番、サイドエンゲージは単勝2倍の1番人気だ。日本ダービーへ弾みをつけるためにも、このレースは負けたくない。幸い、スタートもよく、逃げ切ってしまおうと思ったところに、最内で馬に出ムチを食らわせる騎手がいる。

 御蔵まきなが、オージャスを扱き上げていた。一気に加速し、サイドエンゲージを置き去りにして10馬身前に出る。レースが過半を迎えた頃には、2番手を進む佐藤からも15馬身、20馬身の差があった。

「大逃げだあ?キミに逃げさせて怖いのは、もう実感してるんだ」

 佐藤は、意を決したようにムチを振るう。残り1000メートル。第3コーナーを前に動き始める。


《サイドエンゲージ、佐藤動いた!各馬、前を追いかけ始める!》

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