第15話

「あなたも同じなんじゃないですか、武豊さん」

 まきなは、なおも武豊から視線を外さない。

「オグリと出会えて、だから今も、騎手でいるんじゃないですか?」

「・・・知ったクチ利きよるな」

「私は、オグリを見て、祖父に言っちゃったんです。白い馬で桜花賞を取るって。そしたらもう、おじいちゃん、ハッスルしちゃったんです。絶対に芦毛の馬で桜花賞をって。従業員は何人か辞めちゃったけど、まだ、続けてくれる人もいる」

 まきなは、スパゲッティを頬張りながら続けた。

「私たちは、オグリに計り知れない力をもらいました。実際に乗った、武豊さんはどうなんですか?」

「ワイか・・・?」

 武豊は手を止め、目を閉じた。

「ただただ、今でも夢の様や。でも、瞼の裏には浮かぶ。あの満員の観衆、熱気が。で、オグリが言いよる。俺に任せろってな」

 まきなは目を見開いて、こちらも食べる手を止め、武豊を見つめている。

「有馬記念、楽しかったなあ。オグリはまともな子を残さず、死んでもうた」

「いますよ」

「なに?」

「オグリの意志は、まだ生きてます。ここと、ここに。そして・・・」

 武豊の胸を指して、自分の胸を指して。そして、東の方を見て言った。

「3年後のダービーまで、現役でいてください。お見せします、私の、オグリを」


 シロッコは、耳をピクリとそば立て、西の方を向いた。そこはただの寝藁が敷いてあるだけのスペースで。

「おう、シロッコ。どうした?そっちには何もないべ?」

 シロッコというのは、桜牧場にあの夜生まれた牡馬の名前だった。白いとねっこだから、シロッコ。まきなが、帰り際につけていった幼名である。均整の取れた馬体、気を抜けばどこからともなく脱走できる体の柔軟性、バネの強さ。どれを見ても一級品である。強いて欠点を上げるとすれば、体の小ささ。母ほど貧相というわけではないが、馬格はどうしても同世代のそれに劣っていた。

「当代は売らんと言ったけど・・・ウチは芦毛の牝馬以外はリリースするもんだべ。こんなに見栄えのする馬なら多少小さくたって・・・」

 シロッコについて、わかったことがある。皮膚の色がうす桜色、毛は白。つまり、白毛馬だということだ。芦毛でもなく、牝馬でもない。牧場の方針からは完全に逸脱していたが、当代の少女は売らないという。


「ま、当代の言う事なら従うか・・・」

 その言葉を聞いて、満足そうに目を閉じたシロッコであった。

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