第14話

「で、何よ!」

 ガルガルと弥刀が聞き返すと、

「ワイが用があるのはこの小娘じゃい!」

「この子は今こんなんよ!?何がしたいのこのスケベ!」

「スケベってなんじゃい!?」

「・・・武豊さん」

 うつむいたままだが、まきながかすかに声を発した。

「まきな!?」

 グラグラと肩を揺する弥刀。やりすぎだろうと制止したいが、相手はどうにも相性の良くない女だと感じ始めた武豊。しばらくそんな時が流れ、

 まきなの目から涙が一筋流れた。それが分水嶺だったのだろうか。わんわんと、弥刀に抱きつき泣き出したのである。

「で、おまはん、話せるんかいな?」

「・・・はい、ご迷惑を、おかけしました」

 少しやつれ加減ではあるが、いつもどおりのまきなである。それもそのはず、

「この子、あの日からご飯食べてへんし、水も点滴でなんとかしたほどや。ありがたいけどおっさん、今度にしてよ、ホントに」

「いつまでオドレはおっさん呼ばわり続けるんじゃ・・・」

「この子、ついさっきまで壊れてたん!これから元に戻さないといけないのに!」

「弥刀さん、大丈夫。話せるから。でも・・・」

 まきなは頬を赤らめて言った。

「ご飯を食べながらがいいかな?」

 まきなの腹の虫がぐぅ、と泣いた。


 もぐもぐむしゃむしゃ。いつもの行儀の良さは崩れ、とにかく栄養補給に手を動かす。その姿をあっけにとられて見つめる弥刀。それもそのはず、彼女は普段のまきなを知っている。武豊は、

「うめえな、おい!」

 こちらもあまり行儀は良くない。というより、まきなよりは確実に悪い。

「なんでアンタまで!?」

「いいだろ、な!」

「はい!」

 武豊とまきなは上機嫌、不機嫌なのは弥刀ばかりである。

「なあ、嬢ちゃん。あの馬は残念だったな。20馬身詰めてくる鬼脚だったのに」

「・・・悔やんでも、悔やみきれません」

「アンタ、どこまで・・・っ!」

「でも」

 まきなは、じっと武豊の目を見て言った。

「あの子と走ったあの時間を、私は忘れない」

「まきな・・・」

「忘れない、ねぇ」

 武豊は意地悪そうな笑みを浮かべて言う。

「でも、忘れるもんだ。オグリの感触なんざ、ワイは・・・」

「でも、忘れてないはずです。あの時の空気を。あの時の興奮を」

「・・・」


「私は、忘れたくない。だから、馬と生き続けたい」

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