第13話
グリーンハーブは安楽死処分がなされた。1週間快晴が続いた後の京都競馬場芝コース、いわゆる超高速馬場が、グリーンハーブの脚にとどめを刺したとの論調もあった。だが、それ以上に言われたのが、
「はぁ?また抗議の電話?どこのバカよ!」
御蔵まきな騎手の判断の甘さであった。あれほどの怪我なら、馬に乗っていた人間ならば必ず異常を察知していたはずだと。それを、無理をさせて走らせてしまった、その罪は重いと。弥刀は電話を持ってきた厩務員に怒鳴り返す。
「アンタね、絶対、その電話まきなに渡すんじゃないわよ!」
かわいそうなのはただ取り次がされた厩務員であった。
「わかってるわよ、後で飲みに連れてくから・・・そこでグチは聞く!」
弥刀は握っていた手をより強く握りしめて言った。
「だから、あなたもいい加減に立ち直りなさいな!」
横にいたのはまきな。だが、普段の姿よりずいぶんやつれていた。左手には、未だにムチを持っていた。そう、10日前の、グリーンハーブにまたがっていた時のムチ。
言うに、左手の感覚がないのだという。左手・・・馬なら左前肢。それは、グリーンハーブの故障箇所でもあった。
「まきな、あなたは悪くない。中田総帥も言ってたでしょう?誰も悪くなんてないって!」
両手を握ってまきなに迫るが、まきなの反応は弱い、というか、ない。虚ろな表情を読み取ると、ただただ悲壮感にあふれていた。
「父ちゃんも、もっとフォローするならするでしなさいよ、ったく・・・」
すでにある程度育った、大人びた娘(弥刀)としか接したことのない師にとって、今回のまきなの落ち込み具合は予想以上だったらしい。フォローしようとはしたものの、接し方がわからず、義娘に丸投げ状態で出張に出ていた。
「邪魔ぁするでぇ・・・」
「邪魔するなら帰らんかい!このタコ!」
「へいへい・・・ってコラ!」
のっそり入ってきた男は予想外な出迎えに一時退出しようとするものの、我に返って出戻ってきた。
「オウ、姉ちゃん、ワレはワイが誰か知っとるんかい?」
「おっさん」
「ちゃうわ!?武豊じゃ!」
「で、天下の武豊尊様が何?こっちは忙しいの」
頭をポリポリかいて、まきなの方を見やる。あのとき振り返って見た神々しさは消え失せ、悲壮感の漂う姿。
「本当に同じ人間とは思えんなあ・・・」
それが、武豊のまきなに対する第二印象だった。
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