第8話

《シンセライザーが先頭!その差半馬身!逃げていた5番、差し返すか!》

 シンセライザーは坂を高速で下った分、スピードが乗りに乗っていてソラを使ってもそれほどスピードは落ちていなかった。だが、他の馬もペースを上げてきている。

 抜け出せるか。勝負は分が悪い。あと残り100メートル。あっという間にゴールだが・・・

《最後、中団から抜け出した12番シンセライザーと好位追走の9番、ラックスの一騎打ちでした!最後はハナ差か!?写真判定をお待ち下さい!》

 電光掲示板には、『審議』のランプが点灯している。裁決委員会による写真判定の審議だ。センチ単位で勝敗が求められる。


「まきな!どうだった!?」

「先生!」

 装鞍所に引き上げたまきなとシンセライザーを待ち構えていた唐橋修調教師が切り出す。2着でも十分な賞金は得られるが、勝っておくに越したこともない。

「ごめんなさい、ちょっと仕掛けを焦りました・・・」

「いや、タイミングは良かったはずや。思った以上にペースが上がらんかったな」

 シンセサイザーは14頭中の8番人気。まきなは女性騎手ということでいつもそれなりに人気して支持を得るが、馬の力的に考えても来ないと判断されていたのだ。その馬が前に出たところで、いつでも捉えられる―――そんなふうに考えてもおかしくはない。

「そんなしょげんなや!大丈夫や!それより、次やぞ!」

「う、はい・・・」

「重賞や!重賞!勝てば関西からのダービー最終切符やでぇ!?」

 GⅡ京都新聞杯は、京都競馬場で5月の2週頃に行われる重賞で、これ以後、ダービーまで大きく賞金を加算できるレースはないことから、日本ダービー(東京優駿)への最後の道となっていた。

「まあ、31勝してないさかい、勝っても本番には乗れんが・・・それでも、見てみぃ!今で3番人気やぞ!」

 そう、グリーンハーブは父ディープインパクト産駒。京都のような軽い馬場に強い血統を持っており、鞍上も美少女騎手ともてはやされる御蔵まきな。人気になる要素は強かった。

「重賞初挑戦なのに、その上3番人気の馬・・・」

 単勝オッズ、6.7倍。喜ぶべきだが、まだ若く、経験のないまきなではプレッシャーに押し潰されかねない。騎乗依頼が来たとき、師はそう考えもしたが、最終決断をまきなに任せた。それだけに、

「今になって尻込みしとるんかい!」

「し、してません!でも、お金の単位が・・・」

 今の特別戦は700万円ほどを争ったが、京都新聞杯は4000万円を超える賞金が用意されている。その上、ダービーにまで。今更ながらに、震え上がるまきなである。

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