第7話
ドドドドドド!バシバシッ!グイッ!ドドドドドド!
数多の蹄音に、小気味いい音が響き渡る。ここは5月の競馬場、それもレースの真っ最中だ。まきなは自身の3勝目をかけて、10Rの特別戦に騎乗していた。このあとに控えるのは重賞、GⅡ京都新聞杯である。本来、まきなには乗鞍はないはずだったが、日高の総帥が負傷降板した騎手の代わりを探しており、彼女に白羽の矢が立ったのである。
「浮かれちゃだめ、今はこのレースに集中・・・!」
重賞は馬にも騎手にも出られるだけで名誉。しかも、以前に調教をつけたこともある『グリーンハーブ号』への騎乗とあって、気分は高揚していた。
ブルル!
目下、手綱を取る『シンセライザー号』はそんな鞍上の機敏を察してか、不満げである。
「ごめんね、シンちゃん。もっとしっかりするから、怒らんで」
レースは第3コーナー、『淀の坂』と呼ばれる大きな坂に差し掛かっていた。直線への脚を溜めるため、『ゆっくり登ってゆっくり下る』がセオリーのこの淀の坂だったが・・・
「えいっ!」
バシッ!とムチで馬に気合を入れる。坂の頂上で、シンセライザーの脚の回転はピークを迎え、更に速くなっていく。
これが唐橋師とまきなの立てた作戦だった。ゴールドシップの菊花賞、坂の頂上手前でトップギアに上げて二冠に輝いた彼の作戦を踏襲する形で、ペースを上げていく。シンセライザーは決して末脚に自信はなく、かと言ってスタートが良いわけでもなく、ごくごく普通の馬でしかない。ただし、2200メートルの後半を追い通しでも耐えうる持続力がある。
故に、このレース残り800メートルを追い切る。道中は14頭中の7,8番手を進んでいたゼッケン12番は、前方集団の外目を回る感じで好位と呼ばれる逃げ馬の後ろの位置に取り付くと、そのまま逃げ馬をも交わして先頭に立った。残り400メートル、直線入り口でのことである。他馬がペースを上げていない中を、うまく出し抜いた形になったが・・・
「早すぎたかも、ね・・・?」
そう、作戦では残り2~300メートル付近で差し切る形が理想とされていた。先頭に立ったら、ソラを使って遊びだす。シンセサイザーの悪癖。よそ見をして、レースに集中しないことから、逃げ馬になれず、差し馬になれるだけの脚もないこの馬のために立てた作戦だったが、裏目に出ていた。
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