第6話

 関西は滋賀県にある栗東トレーニングセンター。まきなはここの唐橋厩舎に所属が決まっていた。唐橋修調教師はそれほど桜牧場、御蔵家と関係があったわけではなかったが、彼が現役時代に挙げた唯一のGⅠ、重賞勝利は桜牧場の生産馬、マックスターを駆ってのものだった。それを恩義と感じていた唐橋は、まきなの動向に特に目をかけていた。彼女が競馬学校を受けると決めた時には、彼女を預かれるように裏で手を回し始めていたのである。

 唐橋厩舎は重賞を勝つような有力馬が集まる厩舎ではないが、それでもそう多くない入厩馬で年20勝以上を安定して挙げるなど、中堅としての立場を固めている。また、師には義理の娘がおり、調教助手として師事していた。いわゆる「親子鷹」、それも異色のものである。


 唐橋の娘は弥刀みとという名だった。

「弥刀さん、ただいま帰りました」

「おかえり、まきなちゃん。おじいさんは、ご不幸やったなあ」

「しっかり送ってきました、大丈夫です」

 馬産は年々縮小傾向、馬は減る。そして、厩舎は横ばい。つまり営業が命の調教師にとって、厩舎経営のためには一時的にも厩舎から出張せざるを得ない。弥刀は、その調教師が不在のときには厩舎の全権を預かる調教助手の立場にあった。

「先生は、営業ですか?」

「うん、日高の方に行くって。入れ違いやったね」

 調教師は持ち主が決まる前の馬にツバを付けることもあれば、オーナーとの太いパイプによって馬を迎え入れることもある。唐橋は騎手現役時代、500勝にわずかに届かず、重賞勝利も1つだけとパッとしない存在。そんな彼の強みは条件戦できっちり賞金を持って帰れる馬の目利きにあった。いわゆる、相馬眼というやつである。

「今年はどんな子が入ってくるんでしょうね?」

「さあ、どうやろなあ。ヘニーヒューズ産駒が熱い!とは言うとったけど」

「なら、ダートですね。早く勝鞍ほしいなあ!」

「まきなちゃんなら、すぐやろ。アイルランド大使特別賞ジョッキーやからね」

 競馬学校の成績最優秀者に与えられる賞である。

「そんなの、なんの自慢にもならないじゃないですか!私がほしいのは目先の勝利です!」

「言うねー!」

 わっはっはと笑う弥刀。両者の身長差は10センチ以上はあった。当然、弥刀の方が背が高い。まきなの体格は149センチ、45キロ。騎手としては非力ながらも馬の邪魔をしない。騎乗フォームは優雅そのもの。だが、馬の力通りにしか走れない騎手、それが衆目の一致するところであった。

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