第5話

 ギィ、と扉に手を掛けてまきなは室内の人々に声をかけた。

「おじいちゃんおばあちゃん、入るよ・・・?」

「入りんしゃい」

 まきなの祖母の名前は勝子といい、関西のとある良家に生まれた子女だった。有馬旧伯爵家から嫁いだ気位の高い姑に悩まされながらも、娘の養育を一身に負い、夫が留守にしがちな牧場までをも切り盛りした苦労人である。

「いい顔になったねえ。一皮むけたわ」

 涙の痕が幾筋も残るまきなの顔を見やり、勝子は言った。

「うん、ええよ。涙は女を弱く見せるけど、まきなちゃんは違うねえ」

 勝子はまきなの頭をなでながら続ける。

「大丈夫、まきなちゃんは強い子じゃ。涙なんかにゃ負けん。もう、泣かないね?」

「うん」

 まきなは祖母を見上げて言った。

「負けないよ。絶対。みんな頑張ってるもん」

「うん、うん、いいねえ。よし、ばあちゃんがいいモンあげよう」

 勝子は首に提げていたお守りをまきなに手渡した。

「これは?」

「賀茂神社っちゅう、馬の霊験あらたかな神社のお守りさね。絶対、まきなちゃんを守ってくれる」

「わかった」

 まきなはお守りをそっと握り、呟いた。

「絶対、負けない。何にも」


 まきなが3日後には関西に戻るということで、輝道の葬儀は急いで行われた。むかわ町からは町長が直々に参列したほか、前町長初め、地元の名士という名士はほとんどが詰めかけていた。御蔵家の衆望が見て取れる。また、紗来ファーム代表、日高の種牡馬シンジケート総帥など、著名人も駆けつけた。

「まきなちゃん、大きくなったなあ!」

 名目上とはいえ喪主になったまきなに、まず真っ先に声をかけてきたのは通称『総帥』。日高の中田統にとって輝道は同じ馬産家として、ライバルであり兄貴分でもあったという。

「故人も、これなら安心だわい」

「いえ、まだまだ小娘です。競馬場ではお手柔らかに・・・」

「喪服も似合っとる。うん、うん・・・」

 自らも孫を持つ身の上、気丈に振る舞うまきなの姿は余計に眩しく見えた。

「ハッハッハ、何のお話ですかな?」

 そうして近づいてきたのは紗来ファーム代表の池田源治。ここ20年ほどで急速に力をつけたそのグループは、日本競馬界の頂点にも君臨する。

「儲け話ですか?私も混ぜていただこう」

「そんな訳あるかい!ワシらぁ、故人を悼んでだな!」

「祖父を送る場で、そんな話はしません。例え、当場が経営的に危ないとしても、祖父はとても大きなものを遺しています」

「ほう?」

「人と馬。かけがえのない財産は、今も健在ですもの」

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