第4話
まきなの祖父・輝道は、シロイヒカリがお産を終えたと同時に亡くなったことになるらしい。輝道は夜空がよく見える自室で、今年一番の輝きとも言われることになる北極星を見つつ、妻に看取られ逝った。享年87。米寿を直前に迎えて、心臓に疾患を抱えながら、それでも資金繰りに奔走し、馬産に取り組み続けた後半生だった。
桜牧場の馬は彼が一手に名付けていた。哲三はもちろん、まきなにすら意見は言わせなかった。しかし、この夜ばかりは様子が違った。
「まきなを呼べ・・・まきなを・・・」
「貴方、まきなはお産で忙しいでしょう。わがまま言わんの」
「なら、お前が言え・・・まきなに、今年の一番馬を決めろと・・・」
「貴方?」
「今日から生まれる馬は、あの子に名前を決めさせる・・・べ・・・」
それが最期の言葉だったという。哲三はそれはもう先ほどのまきなに比肩する量の涙を、べちゃべちゃになった手ぬぐいに吸わせながら語った。
「おじいちゃんも、っか・・・」
まきなは、競馬学校に入った年の秋、母ひかりを亡くしていた。
「もう、お嬢なんて呼べんべなあ・・・」
哲三は、意を決したように胸を張って、自分の頭一つ背の低いまきなを仰ぎ見た。
「当代!最初の仕事だべ!ワシゃあ、何をすればええんべか?」
「哲三さん・・・」
そう、まきなは100年以上続き、30頭近い繁殖牝馬と従業員10名の生活を担う名門牧場をその小さな背中に背負うことになったのだ。『当代』とは、桜牧場の場長、つまり御蔵家の当主を指す、彼らにとって特別な呼称である。それを、輝道に代わって牧場を預かることもあった哲三の口から言わせたということは、
「私が、おじいちゃんの次、っか・・・」
まきなを守ってくれた者は、父も母も、祖父も、みんな逝ってしまった。彼女は牧場の権利・・・夢への片道切符だけを掴まされ、世に放り出されたのだ。
「哲三さん、とねっこをお願い。ちょっとだけ、おじいちゃんの顔、見たいんだ」
「そうさな。本当に、いい顔してるからよお・・・」
哲三はまきなの肩をバンバンと叩いて笑った。
「後のことは任せろって、哲三も言ってたって伝えてほしいべ!」
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