第2話
その少女は『御蔵まきな』という自らの名前を、とても気に入っていた。『牧にて名を成す』と、彼女の曽祖父は由来を語り、逝ったと言う。ホースマンとして最高の名を授かったと、いつもその名を誇りにしていた。
その少女が触れると、どんなに暴れる気性の荒い馬でも途端に大人しく、従順になるという。彼女は齢三才にして馬にまたがり、七五三を越えた頃には手綱を握っていた、筋金入りの騎手だった。
彼女の夢は、世界最高のホースマン。その第一歩として、騎手を目指していた。11歳の頃、オグリキャップの有馬記念の映像を見た時、祖父に漏らした言葉。それが、彼女の運命を決定づけた。『芦毛馬で桜花賞を勝つ』という牧場員全てが共有する夢は、生まれ育った牧場の名前に由来する。
『桜牧場』という名称、100年を超えるその歴史にも関わらず、彼らの牧場は桜花賞馬を出したことがなかった。桜牧場は皐月賞と菊花賞を制した『スーパーキーン』という馬が代表産駒である。クラシックは5勝、押しも押されぬ名門牧場。御蔵一族は、鵡川を代表する名門を背負って立つ存在であった。
まきなの曾祖父・照吉の代で手にしたその立場は、息子・輝道が継承し、確固たるものにした。そして、芦毛馬生産に血道をあげることになる。道楽では決して済まない負債に、婿養子、つまりまきなの父はストレスから倒れ、帰らぬ人になった。母は体の強い人ではなく、まきなを生んだ後は床に臥せることが多かった。
それでも、輝道は進み続けた。まきなも、それに倣った。まきなは桜牧場の唯一の跡取りとして、祖父から帝王教育を受けていた。母は時たま体調の良い時にまきなと馬を眺めては、諦めの表情を浮かべて言ったものである。
「あなたと、あの人と、普通の家族であったなら・・・」
御蔵の家に生まれた己の運命、そしてさらに複雑で過酷な運命を背負わせてしまった愛児に、母・ひかりはただ、嘆くことしかできなかった。そして、まきはなそれに応えてこう言うのだ。
「それでも、私は競馬学校に挑戦してたと思うよ。おじいちゃんなんて関係ない。ただ・・・」
満面の笑みを湛えて、
「お母さんが健康に産んでくれたから、私は走ることができるんだから」
だから馬に乗るのだと、まきなは常々、母に語っていた。
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