7章 痩せたいお嬢さんのダイエットご飯

第1話 強化合宿とかしてみたいんだけどなぁ

 ある日の昼、そろそろお茶でもしましょうか、という頃、浅葱あさぎとロロア、カロムはアントンの病院にいた。調合した薬を届ける為である。


 薬はこうして浅葱たちが届ける事もあれば、クリントが馬でひとっ走り取りに来る事もある。


 それは薬依頼の電話で決められる。クリントは「申し訳無いですから」とこちらに来るといつも言ってくれるのだが。


「お家にこもりきりですと、身体にも心にも良く無いのですカピ。お邪魔で無いのでしたら、是非ぜひお伺いさせていただきたいですカピ」


 ロロアはそう言って、毎回では無いが外に出たがった。確かに家に篭りっきりで研究や調合ばかりしていると、鬱々うつうつとして来るだろう。


 今回は風邪薬や打ち身、傷の塗り薬など、多く処方されるものが殆どだった。


 患者が途切れるのを待って、皆で待合室で、受付の女性フルビアが淹れてくれたハーブティをいただく。リラックス効果もあるカモミールティだ。柔らかな味わいが身体に優しい。


 その時、外へと繋がるドアがゆっくりと開かれた。患者だろうか。


「こ、こんにちはぁ……」


 顔を覗かせたのは、ふくよかな若い女性だった。息も絶え絶えで、腰を軽く曲げてお腹を押さえている。


「おや、どうしたんじゃ?」


 アントンが立ち上がって、カップをフルビアに預ける。クリントはカップを受付のカウンタに置いて、女性に駆け寄った。


「お、お腹がぱんぱんに張って、痛くて……」


 ひたいに玉の汗を浮かべた女性は、呻く様に言って顔をしかめる。


「とにかく診察室に入ろうかの。もう少し頑張って歩けるかの?」


「は、はい……」


「錬金術師の先生たちはゆっくりして行っておくれのう」


「さ、こちらにどうぞ。急がなくても大丈夫ですよ」


 クリントが促し、少しふらつく女性のペースに合わせて診察室へ。最後にアントンが入って、ドアが閉められた。


「大丈夫かな。凄く苦しそうだったね」


「そうですカピね。お腹が張ると言う事でしたので、原因の予想は付くのですカピが、問題は何故そうなったか、ですカピ」


「そうなのか?」


「違う可能性も勿論あるのですカピ。そうなると深刻な事になってしまうのですカピが……アントン先生の診断を待つのですカピ。お急ぎのお薬があるかも知れませんカピ」


「そうだね」


 数分後、診察室のドアが開いた。クリントが顔を出す。


「錬金術師さま、アサギさん、中に入っていただいて良いですか? カロムさんも良かったら」


 浅葱たちは顔を見合わせ、立ち上がると診察室に入る。中では苦笑するアントンと、顔を赤らめている女性患者が掛けている。


「ま、ベッドで済まんが掛けておくれ」


 言われ、浅葱たちはベッドに座る。


「これはのう、薬で解決も出来るんじゃが、今はアサギくんがいるからのう。食事で何とかならんものかと思ってのう」


「どうしました?」


「うむ、錬金術師の先生とアサギくんは初めましてかのう? この患者はルーシーと言うんじゃ」


「る、ルーシーです。初めまして……」


 ルーシーは恥ずかしげに、小さく頭を下げた。


「初めましてカピ。ロロアですカピ」


「初めまして。浅葱です」


 浅葱たちもぺこりと挨拶を返す。


「診断としては、腹部膨満感ふくぶぼうまんかん。要はガスが腹に溜まりに溜まっておるんじゃな」


「やはりですカピ。と言う事は、深刻な病気では無いのですカピね」


 それは何よりだ。本人は苦しいだろうが。


「そうじゃな。で、問題はその原因なんじゃが」


「はいカピ」


「最近、減量を始めたとの事でなぁ。腹が張り始めた時期がそれと一致するらしくてのう。お通じは元々そう良い方では無かったそうじゃが、それも更に少なくなっておるとの事でのう。多分それに関係しておるんじゃろう」


「成る程ですカピ」


「あの、良いですか?」


 浅葱が軽く手を上げる。


「うむ、どうぞ」


 アントンに促され、浅葱は口を開く。


「ルーシーさん、減量ってどういう方法でされているんですか? 腹部膨満感と言う事は食事で?」


「はい、ご、ご飯で。ぐっと量を減らしました」


「どんなものを、どれぐらい食べてますか?」


「お米を、1皿だけ」


「白米ですか?」


「はい」


「他には?」


「それだけです」


「お野菜とかお肉とかは食べずに?」


「はい。食べる量を少なくしたら良いと思って。お米が大好きなので、減らすならお野菜とかかなって」


「減量を始めるまでは、どんな食生活でしたか?」


「お米は2皿くらい食べてました。お野菜とかも勿論。でもそれ以上にお米を沢山食べてました」


「ありがとうございます。原因が判りました」


「えっ?」


 ルーシーが眼を開く。


「食生活のかたよりです。ええとまず、減量前は少しでもお野菜とかお肉とかを食べていたので、どうにか腸も動いていたんだと思います。ですがそれが無くなったので、腸が巧く働かなくなったんでしょう。だからお通じが極端に少なくなって、お腹にガスが溜まってしまった。お米がお好きだと言う方には酷な話なんですが、白米は太りやすいんですよ」


「ええっ? そうなんですか!?」


 ルーシーがショックを受けた様に声を上げる。


「おお、そう言えば前にもそんな事を言っておったのう」


「はい。誰にも好きなもの嫌いなものはあるので、少しの偏りぐらいなら大丈夫だと思うんですが、ここまで極端だと影響が出てしまうと思います。ルーシーさん、せたいんですよね?」


「は、はい」


「どれぐらいですか?」


「そ、そりゃあもう、凄く!」


 ルーシーは力んで拳を握り、何度も頷く。


「健康的に痩せる。これが大事です。ルーシーさん、しばらくは僕の言う通りの食生活をしてみてくれませんか? ええと、ルーシーさんのお宅で食事の用意をされているのはどなたですか?」


「わ、私です。うちはとうに母親が亡くなっているので」


「じゃあお父さんとふたり暮らしですか?」


「いえ、妹がひとりいます」


「うぅん」


 浅葱はうなる。


「うちにもうひとつ部屋があって、ルーシーさんが了承してくれて、ロロアが許してくれるんなら、10日ぐらい強化合宿とかしてみたいんだけどなぁ」


 するとロロアが首を傾げる。


「減量の強化合宿ですカピか?」


「そう。まずは数日間集中して、お米とかお芋とかを絶って欲しいんだ。でもルーシーさんはお米が大好きでしょう? 我慢するのも大変だろうし、何より本当にお米、と言うか白米を控えたら痩せるって証明が今は出来ないからね。まずはそれを信じて貰いたいんだよ」


「たった10日でそんなに効果が出るものなのか?」


「個人差はあるけどね。まずは10日から。あんまり長いとしんどくなるしね。その代わりスパルタだよ」


「ほう、それは儂も興味があるのう」


 アントンが興味深げに口髭を弄った。


「爺ちゃんは別に太って無いでしょう?」


「儂は大丈夫じゃが、これからもルーシーの様な患者が来んとは限らんからのう。太り過ぎが身体に良く無いと言う事は判っておったんじゃ。じゃがどうすれば効果的なのかがこの世界では無かった。ただ食べる量を減らせば良い、そう思っとったからのう」


「確かにそれでも痩せる事は出来ます。毎日沢山食べていたのなら、それを減らせば良いって言うのは合理的ですもんね。でも食べるのもの中には太りやすいものとそうで無いものがあって、太りやすいものだけを食べてしまっていては、効果は余り出ません。なので太りにくいものを中心に適量を摂って、ゆっくりと体重を落とすのが良いです。急に落とすのは身体に良く無いので」


「成る程のう」


 アントンがふんふんと頷く。


「あの、合宿なのですが、ルーシーさんさえよろしければ、僕は来ていただいて大丈夫ですカピよ」


「本当?」


「はいカピ。僕のお部屋を使っていただけたらと思いますカピ。お家を作っていただく時に人間さまのベッドを入れていただいたのですカピが、僕には大きすぎて使っていないのですカピ。ですが毎日カロムさんが綺麗にしてくれていますので、寝具を置けばお使いいただけるのですカピ」


「そうだな。ロロアは部屋も綺麗に使ってるしな。ルーシーが良ければ頑張ってみるか? でも男所帯じょたいだから難しいかな」


 そこで浅葱が「あ」と声を上げる。


「そうだ、うちって男所帯だったね。何で忘れてたんだろう。そんなところに女性に合宿来て欲しいなんてとんでもない事言っちゃった。ごめんなさい、ルーシーさん」


 浅葱が焦ると、カロムが可笑しそうに「ははっ」と笑う。


「アサギはたまに迂闊うかつなところがあるよなぁ」


「面目ない」


 浅葱が項垂れると、ロロアもしょんぼりと眼を伏せた。


「僕もうっかりしていたのですカピ。申し訳無いのですカピ」


「い、いいえ、大丈夫です」


 ルーシーが慌てて首を振った。


「ふむ、となれば、ふむ、む、うむ、公民館を借りて、ルーシー、家族全員で来れんかのう?」


「公民館?」


 浅葱が首を傾げた。

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