第8話 挨拶が遅くなって済まんなぁ。いらっしゃい
数日後の夜、
バリーは
その食堂は、浅葱とロロアは初めてだが、この村で生まれ育ったカロムは何度か行った事があるとの事。
「あそこの店長、気の良い人だぜ。女性だから女将だな。情に厚いって言うか。だから高齢で経験も無いバリー爺さんを雇ってくれたんだと思うぜ。ま、バリー爺さんの熱意もあってだろうけどよ」
「で、カロム的には美味しいお店? 気になるなぁ」
「今度行ってみるか?」
「うん!」
「僕も行きたいですカピ!」
そんな流れで、今日に至る。
大きな村では無いので、食堂の数もそう多い訳では無い。その中でもバリーの職場の食堂は小さな規模なのだそうだ。
調理に女将とバリーのふたり、給仕にひとり。確かにこじんまりとしている。が、だからこそ
馬車を置き、歩いて店に向かう。人通りが多く、小さなロロアが歩くのは危ないので、カロムが抱っこする。
食堂や商店は中心地に集まっていて、その食堂も例外では無い。馬車置き場からそう歩かず、到着した。
四角い2階建で、しっかりとした
木製のドアを開けると、明るい店内が広がる。小規模と聞いていたが、そう狭さは感じない。四角いテーブル席が並んでいるが、その感覚が充分に取られていて、ゆとりを感じる。
テーブル席は全て4人掛けだ。奥行きのあるカウンタ席も数席
「いらっしゃい! あ、錬金術師さまだ!」
給仕係であろう、少女とも言える若い女の子が笑顔で迎えてくれた。高い部分で結わえられているポニーテールが印象的だ。まずはロロアが眼に付いた様である。
「アサギさん、カロムさんも、いらっしゃい! お待ちしてましたよ!」
今日お邪魔する事は伝えていた。席の予約も兼ねている。
「1番奥のお席どうぞ!」
元気の良い女の子に
「この店、ちょっと珍しいんだぜ。ベースのソースを選んで、肉と魚から1種類、野菜から1種類か2種類を選んで、作って貰うんだ」
「へぇ。じゃあ好きなものは勿論だけど、毎日来ても飽きないし、バランスなんかも考えられるんだ」
「ああ。まぁバランス云々はこの世界ではあまり考えん事だが、飽きは確かにな。ええと、アサギはまだ文字読むのは難しいんだっけな。食いたいものがあったら見るぜ?」
「そうだなぁ……粒マスタードソースベースで、鮭とカリフラワとグリンピースって出来る?」
浅葱が考えながら言うと、カロムはお品書きを見ながら「ああ」と頷いた。
「出来るぜ。ロロアはどうする?」
「そうですカピね」
ロロアも卓上で広げたお品書きを覗き込む。
「色々ありますので、迷ってしまいますカピ。それに、僕はお料理に詳しく無いので、少し難しいですカピ」
ロロアが困った様に眼を寄せると、カロムが「ははっ」と笑う。
「難しく考え過ぎなんだな。じゃあそうだな、肉と魚どっちが良い?」
「ええとですカピね……」
そうしてカロムが聞き取りながら決めたロロアの一品は、鶏肉とマッシュルームとレタスの白ワイン煮込みとなった。
「じゃあ俺は、牛肉と人参とブロッコリの赤ワイン煮込みで。頼むな」
「はい、お待ちくださいね!」
女の子は紙片に注文した品を書くと、それを厨房に通す。すると中から「はいよ!」とこれもまた威勢の良い女性の声が聞こえた。
浅葱たちはバリーの様子を見に来たのだが、この客入りでは今声を掛けると邪魔になってしまう。
閉店時間に近付くに連れ客も少なくなって来るだろうから、それまで待とう。何、急ぐ事は無い。
浅葱がメニューを見ると、様々な素材が記されている、筈だ。浅葱は少しずつこの世界の文字を勉強している。それでもなかなか全てをすぐには覚えられない。
だが中には覚えられた文字がちらほらと。
「ええと、これは人参って書いてある?」
文字の数と、覚えていた「ん」の文字、そして最後の文字に濁点が付いていた事で当たりを付けてみた。この世界の濁点はふたつの点々では無く、ひとつの黒丸が文字の上に付く。
「お、正解」
「じゃあこれは、ええと、トマト、かな」
「そうですカピ! アサギさん、文字が読める様になったのですカピか?」
「少しだけ。後は勘みたいなものかな」
浅葱たちはそんな事をしながらのんびりと、まずは料理の出来上がりを待った。
出て来た料理は、とても美味しいものだった。
浅葱が頼んだ粒マスタード煮込みは、程良い刺激と仄かな甘みが旨味を生んでいる。具材の火通しも良く、鮭はしっとりと、野菜はしゃきしゃきぷちぷちだった。
流石プロである。ただ煮込むだけでは無く、それぞれの食材の特性、美味しいタイミングを見極めているのだろう。
魚は強火で煮込むとぱさぱさになってしまうし、カリフラワやグリンピースも煮込み過ぎてしまってはその歯応えが損なわれてしまう。
提供された料理はそう言った事は無く、浅葱も満足な出来栄えだった。
カリフラワが小さめにカットされているのは、早く火を通して、客をあまり待たせない様にする為の配慮だろう。食べ易くもあるので、一石二鳥と言う訳だ。
だから、カロムに「どうだ? アサギ」と聞かれた時には、「うん、美味しい!」と笑顔で応えた。
「僕のお料理もとても美味しいですカピ。ここのお店が人気店なのも頷けるのですカピ」
「だろ? 他にも旨い店はあるが、材料が選べてって言うのはここだけだからな。客としては有難いが、店としちゃあ面倒な遣り方だからよ」
「確かにね。
「ま、だからたまに食材切れを起こすんだがな。そりゃあ客も納得してるからさ」
「それならそれで、幾らでも他のものが選べるもんね。面白いなぁ」
そうして浅葱たちは、ゆっくりと食事を進めて行った。
煮込みの皿が空になり、下げられる時に酒と、鶏肉とアスパラガスとカッテージチーズのトマト煮込みを注文する。
「あ、飲み態勢に入りますか? そうですね、お客さままだ多いですもんね。はぁい、お待ちくださいね!」
給仕係の女の子は言うと、手早く酒を用意してくれる。浅葱はビール、ロロアとカロムは赤ワインを注文した。
そうしてのんびりと酒を酌み交わしながら、客が少なくなるのを待つ。
その間にはトマト煮込みも出来て来て、それを肴に酒は進む。
浅葱は余り酒に強く無いので、ペースもゆっくりだ。ビールグラス1杯を時間を掛けて楽しむ。
さてそうしていると、オーダストップに近付き、客の姿もまばらになっていた。浅葱たちの様に酒の
そうして、店内には女将を始め従業員と浅葱たち、そして酒だけをちびりと傾ける夫婦らしき壮年の男女だけになった。
その時。
「バリーさん、そろそろ出て貰っても良いですよ」
と、女性、女将の声が厨房から聞こえた。
「じゃあお言葉に甘えて少しだけ。ありがとうなぁ」
「いやいや。錬金術師さまたちにしっかりと安心して貰ってくださいよ」
そして「あっはっはっ」と女将の笑い声が響く。
そうして姿を現したバリーは、すっかりと白くなった頭に白い三角巾を巻き、腰も曲がっておらずしゃんとした身体には白い大きなエプロン。
顔には照れた様な笑みを浮かべ、「挨拶が遅くなって済まんなぁ。いらっしゃい」、そう言った。
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