第6話 確かにこれなら酒にも合いそうだ

 そろそろ昼食の準備をしようとしていた頃、電話が鳴った。アントンからで、ロロア宛である。


「血液検査をして欲しいとの事ですカピ。すぐにクリントさんが来られるのですカピ」


「何の項目の検査だ?」


「肝臓ですカピ」


「じゃあもしかしてバリーさん?」


「多分そうだと思うのですカピ。準備をしますので、アサギさん、お手伝いをお願い出来ますカピか?」


「うん」


「じゃあ俺は飯の支度を進めておくぜ。にんにくと燻製豚とアスパラガスだな? あ、あと唐辛子か」


「うん。ありがとう」


 そうして浅葱あさぎとロロアは研究室へ、カロムは台所へと入って行った。




 さて、クリントが訪れたのはそれから10数分後。いつぞやも見た小型のトランクから、丁寧ていねいに血液の小瓶が取り出された。


 それはやはり、バリーの血液だった。


「よろしくお願いします」


 小瓶を机に置いて、クリントは頭を下げる。


「はいカピ。では早速検査をするのですカピ」


 今回は肝臓の検査だけなので、出されている小皿は3枚だ。そこにスポイトで血液を少量ずつ垂らして行く。


 そこにそれぞれの検査薬を振って行く。ひとつは輝く緑色に、ひとつは鮮やかな黄色に。最後のひとつは少しにごった様な青色になった。


「やはり、お酒の飲み過ぎで調子を崩されていた様なのですカピ」


 結果を見て、ロロアが言う。


「ですが、濁りは軽度ですカピ。僕たちはここのところバリーさんのお家にお邪魔しているのですカピが、顔色も良く、調子も悪く無さそうなのですカピ。お酒の時におつまみを食べていただける様になってから、お酒の量も減っていると仰っていましたカピ」


「そうですね。俺たちもバリーさんから聞きました。アサギさんたちに色々教えて貰っていると。それも功を奏している様ですね。勿論錬金術師さまのお薬も効いているのだと思います」


「そうだと嬉しいですカピ」


「では、バリーさんはこれまでの通りに気を付けて貰っていたら大丈夫そうですね」


「そうですカピね。お酒の量にも寄ると思うのですカピが、この調子でしたら大丈夫だと思うのですカピ。本当に良かったですカピ」


「はい、本当に。では俺は戻りますね。ありがとうございました!」


 そうしてクリントは、空の小型トランクをたずさえて帰って行った。


「本当に良かったね、バリーさん。急に全部を変えるのって難しいけど、出来る事から頑張っておられたもんね」


「そうだな。料理だってあんな巧く出来る様になったんだ。楽しそうに料理してたんだろ?」


 バリーに料理を教える時には、カロムは台所には入っていなかったのである。


「うん。そうだし、完成したらとても嬉しそうだった。そうだなぁ、それが趣味になったら、って思うのはちょっと難しいかな?」


「どうだろうなぁ。食事は毎日の事だからなぁ。趣味と言うよりは生活か。たまに作るんなら趣味って言えるだろうがな」


「そっか、そうだね。でもそうなったら良いなって、ちょっとね。毎日の楽しい事、みたいなね。さてと、じゃあ僕も毎日の楽しい事をしようかな。お昼ご飯作るね」


「おう。材料は下拵したごしらえして冷暗庫に入れてあるからよ」


「ありがとう。助かるよ」


 お昼の献立は、燻製豚ベーコンとアスパラガスのペペロンチーノだ。浅葱は台所へと向かった。




 当日夕方頃、また電話が鳴った。カロムが出ると、バリーからだった。


『良かったら、明日か明後日、うちに来て貰える事は出来るかなぁ』


 いつもは浅葱たちから電話をして行く日を決めていた。バリーからの申し出は初めてだったので、カロムは驚いた様で、「お?」と眼を見開いていた。


「ちょっと待ってくださいね。ロロア、アサギ、あのさ」


 そのバリーの用件は、浅葱もロロアも問題無かったので、「大丈夫だよ」「はいカピ」と返す。


 お邪魔するのは、明日の夕方となった。夕飯も一緒する。自分が完全にひとりで作った料理を食べてみて欲しいと言うのだ。それは楽しみだ。何を食べさせてくれるのだろうか。




 翌日、昼食の後、浅葱はまた台所へとこもる。


 今までバリー宅にお邪魔していた時は、肝臓に良い料理を教えに行くと言う名目だったので、客と言うより家庭教師の様な感じだったのだが、今回はお呼ばれである。


 食材の購入費も折半にしていたのだが、今回は礼も兼ねてご馳走したいとの申し出。


 なら手土産のひとつも持って行くものだろう。


 まずは、ガスかまに火を入れておく。


 黒糖とり下ろした生姜しょうが、オリーブオイルを入れて泡立て器で良く混ぜ、そこに薄力粉を目の細かい笊で振るいながら入れ、木べらでさっくりと混ぜ合わせて種を作る。


 鉄板にオリーブオイルを薄く塗り、種をスプーンですくい落とす。


 そこに胡桃くるみを乗せ、軽く手で押さえて。


 ガス窯に入れて焼いて行く。


 約20分、綺麗な焼き色が付いたら、胡桃の生姜クッキーの完成である。


「お、良い匂いだな」


 家事をしてくれていたカロムが、香りをぎ付けて台所に顔を出す。


「粗熱が取れたら試食してみてね。ロロアにも食べて貰おうっと」


「アサギは菓子も作れるのか。凄いな」


「簡単なものを少しだけね。これは材料も少ないから覚えていたんだ」


「試食が楽しみだ。うん、生姜の良い匂いだな」


 カロムはまだほかほかと湯気が上がる生姜クッキーに顔を寄せ、鼻をひくつかせた。




 さて、生姜クッキーの粗熱が取れたので、試食分3枚を皿に乗せる。バリーへの手土産用はこのまましっかり冷めるまで置いておこう。


 飲み物は紅茶が合うだろうか。ティポットで淹れる。


 食堂へ出ると、ロロアとカロムが既に待ち構えていた。


「はい、生姜クッキーだよ」


「胡桃も乗っているのですカピね。美味しそうですカピ!」


「焼き立ての時の匂い、凄く良かったぜ。味も絶対旨い筈だな」


 そうして早速手を伸ばすふたり。さくっと音をさせてかじる。そして「んん〜」と眼を細めた。


「甘さ控えめで、生姜が程良く効いていて良いな!」


「生姜のきりっとしたお味と、胡桃の甘さと香ばしさが良く合っているのですカピ。とても美味しいのですカピ!」


「ああ。これなら甘いもの苦手な人でも食えるな」


 浅葱も一口齧って、満足げに頷く。


「うん。我ながら巧く出来た。良かったぁ。バリーさんが甘いものお好きかどうか、そう言えば知らなかったなぁって。ならお酒にも合いそうなものが良いかなって思ったんだ。生姜は食べ過ぎなかったら胃にも良いし、お酒のおつまみには良いと思うよ」


「成る程な。確かにこれなら酒にも合いそうだ。特にワインに合いそうだな」


「そうですカピね。僕もこれをおつまみにワインを飲んでみたいですカピ」


「簡単に作れるから、お家用にはまた作るね。バリーさんが喜んでくれると良いんだけど」


 浅葱が若干不安げに顔を曇らせる。


「大丈夫だと思うぜ。これは旨いつまみになるぜ」


「僕もそう思いますカピ」


「ありがとう」


 ロロアとカロムの強い言葉に、浅葱は安堵あんどに表情を綻ばせた。

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