2章 関節痛のお婆ちゃんと、骨を強くするご飯
第1話 なぁ、もしかしたら婆さんか?
昼食の片付けを終え、やれ一息とダイニングで紅茶を傾けていると、玄関に吊るしてある鈴がチリンと鳴った。
これは表と繋がっており、呼び鈴となっている。
「はい、どちらさま?」
カロムがドア越しに声を掛けると、くぐもった応えが返って来た。
「村の医者のアントンと申す者じゃ」
「ああ、アントン先生」
カロムがドアを開けると、そこに立っていたのは真っ白い豊かな
「おおカロム。そう言えばお前さんがお世話係になったんじゃったの。どうじゃ、励んでおるかの?」
細い眼を更に細め、アントンはにこやかに訊いて来る。
「はい。お陰さまで。先生方はどうしたんです?」
「錬金術師の先生が今日から来られると聞いたからの、ご挨拶をと思っての」
「ああ。錬金術師はそちらのカピバラです」
紹介され、テーブルの上のロロアは立ち上がってちょこんと頭を下げる。
「初めましてカピ。ロロアと言いますカピ。よろしくお願いしましカピ」
「よろしくお願いするのう。
アントンの後ろに控えていた男性が、ひょこっと人懐っこい顔を覗かせる。
「こんにちは。クリントと言います。今はまだ医者の卵ですが、近い内に資格を取りますよ!」
「今は儂の助手をしながら勉強しとるんじゃ。儂もそろそろゆっくりしたいからのう。息子がいれば良かったんじゃが、娘しか産まれんかったもんでのう。医者よりお嫁さんになりたいと言ってのう。じゃが娘がクリントを産んでくれて、クリントが望んだら跡取りにしても良いと言ってくれてのう」
「良い娘さんとお孫さんですカピ」
ロロアが言い笑みを浮かべると、アントンは嬉しそうに「ほっほっほ」と声を上げた。
「そう言って貰えると嬉しいのう。おや、そちらさまは?」
アントンが
「こんにちは。僕はロロアの助手で浅葱と言います」
「私はロロアの師匠のレジーナだ。医者と言う事は、村の中ではカロムの次にロロアとの関わりは深くなるかな? ロロアはまだまだ駆け出しだ、どうぞ指導してやってくれたまえ」
目上の人に向かって何と言うもの言い。浅葱は冷やっとするが、アントンもクリントも気分を害した様子も無く、にこにこと頷いている。浅葱はほっと小さな息を吐いた。
「いやいや、こちらこそ本当にお世話になるからの。前の錬金術師に調合してもろうた薬もそろそろ底を尽きかけておってのう。ご
「では、今日から早速調合を始めますカピ。レシピは一般的なもので大丈夫ですカピか?」
「うんうん、充分じゃ。特別なものが必要になったら、その都度お願いする事になると思うがの。その時にはこのクリントが駆け付けて来るからの」
「はい! 体力には自信があります」
そう言って、頼もしげに胸を叩いた。確かに小柄だが、筋肉質ではある様だ。
「では儂らはそろそろお
アントンは言って、クリントとともにドアに向かおうとする。
「あ、先生、茶くらい飲んでってくださいよ。って、世話係の俺の台詞じゃ無いか」
「いえ、本当にゆっくりして行ってくださいカピ。いろいろとお話もしたいですカピ」
カロムとロロアに引き止められて、だがアントンは残念そうに首を振った。
「そうしたいのは山々なんじゃが、患者が待っておるかも知れんからのう。おらん
「そうですカピか。僕も残念ですカピ。よろしければ、また今度ゆっくりいらしてくださいカピ」
「是非そうさせて貰うぞい。ではの」
「失礼します」
そうしてアントンとクリントは家を辞した。
「優しそうな先生だったね」
浅葱が素直な感想を述べると、ロロアも「はいカピ」と頷いた。
「おう、その通り優しい先生だぜ。腕も良い。クリントは少しおっちょこちょいなところがあるが、此奴も良い奴だ。きっと良い跡取りになる」
「それは何よりだ。医者の人間性は大事だよ。あの先生ならロロアとも良い関係が築けそうだね。今度は是非こちらから訪ねてみると良い。ああ、どちらにしても村には行っておかねばならないね」
「ああ。明日にでも案内するぜ。病院も勿論な。ま、今日は移動や引っ越しで疲れてるだろうから、ゆっくりしたら良いんじゃ無いか」
「ですが、お薬が底を尽きそうだと
ロロアが言って、下ろしたばかりの腰を浮かす。
「本当にロロアは私と違って働き者だね」
レジーナがおかしそうに小さく笑う。
その時、また鈴の音が響いた。
「あれ、誰だ? アントン先生忘れ物でもしたか?」
カロムがまたドア越しに問う。
「どちらさま?」
「あ、あの、私、メリーヌと申します。錬金術師さまが今日からこちらに来られると
「メリーヌか。ちょっと待て」
カロムの知り合いの様だ。すぐにドアを開けた。
「あ、あら、カロムさん。ああ、そう言えば
「おう。どうしたよ」
「あ、あのね、錬金術師さまにお願いがあって」
メリーヌは落ち着きなさげにそわそわと両手を擦り合わせる。
「僕が錬金術師ですカピ。ロロアと言いますカピ。どうぞよろしくお願いしますカピ」
ロロアが言うと、メリーヌの顔がぱあっと明るくなる。その小さな口が「か、かわいい」と音も無く動いた。
「は、初めまして、錬金術師さま。メリーヌと申します。あの、実は錬金術師さまにお願いがありまして」
「何でしょうカピ」
ロロアが言うと、メリーヌはおどおどとした表情になってしまい、言い淀む様に細い息を吸う。
「あ、あの」
おずおずと、しかし意を決した様に口を開く。
「痛み止めのお薬を売っていただけないでしょうか……!」
するとロロアは一瞬眼を見開き、次には申し訳無さげに
「申し訳無いのですカピ……お薬はお医者さまを通じてで無いと、お渡し出来ないのですカピ」
メリーヌは「やはり……」とがっかり
「え、ええ、そうですよね。でも何とかなりませんか? 今まで処方して貰っていたお薬はこれなんです」
言うと、メリーヌは手にしていた小さなバッグから紙製の袋を取り出して、ロロアの前でそっと広げる。そこには少し粒感のある
ロロアはそれに鼻を寄せる。
「確かに一般的な痛み止めの様ですカピ。ですがやはり、お医者さまのご指示が無ければ危険なのですカピ。その時の痛みの度合いなどもあるのですカピ。まずはきちんとお医者さまに
「そこを何とかなりませんか」
「申し訳無いのですが、お渡し出来ませんカピ。万が一何かあった場合、責任を取り切れないのですカピ」
「責任はこちらで取ります。ですから……」
「そう言う訳には行かないのですカピ。お薬を調合した錬金術師の責任なのですカピ。どうかご理解いただきたいですカピ……」
ロロアはそう言って、深く頭を下げた。するとメリーヌは慌てた。
「ああっ! 錬金術師さま、頭を上げてください! 本当に申し訳ありません、申し訳ありません……!」
メリーヌは泣きそうな顔で、硬く眼を閉じた。
その時、成り行きを見守っていたカロムが口を開いた。
「なぁメリーヌ、もしかしたら婆さんか?」
「……はい」
メリーヌは辛そうに頷いた。
「カロムさん、何か知っているんですか?」
浅葱の言葉に、カロムは「ああ」と頷いた。
「ここの婆さんが関節痛でな。勿論アントン先生の患者なんだが、まぁ、何と言うか頑固でな」
「頑固って言うか
メリーヌはカロムが選んだ言葉をばっさりと斬った。
「ここ数日特に痛みが酷いみたいで、私もお父さんもお母さんも駄目って言っているのにお薬を倍飲んで。でも痛みが和らがないから機嫌が悪くて」
「それなら益々お医者さまに診ていただいた方が良いですカピ。お薬を倍飲んでしまうのも、お身体に良く無いですカピ」
「みんなそう言うんです。でも痛過ぎて歩くの嫌だって。じゃあ
「なら、まずはやはりアントン先生にご相談されるのが良いと思いますカピ」
「俺もそう思う。往診も婆さんの許可とかすっ飛ばして押し掛けた方が良いかもな。さっきまでアントン先生がここに来てたんだ。今なら病院にいると思うぜ」
「そうですね。うん、そうします。錬金術師さま、急に押し掛けてごめんなさい」
メリーヌはそう言って帰って行った。浮かない表情ではあったが、この状況ではロロアではどうする事も出来ない。
「メリーヌの婆さんは、村でも有名な偏屈婆さんでな。爺さんは優しい人だったんだがもう
「そうなんだ」
人は歳を取ると、ものの考えも凝り固まると言うが、メリーヌのお婆さんもそうなのかも知れない。元々頑固な人だったとは思うが。
関節痛もだが、その気性も少しは改善されると良いのだが。
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