幕間1 浅葱の持ち物は

何かさっぱりしてて逆に良いかも

 地球の日本から、ほぼ身ひとつでこの異世界に転移して来た浅葱あさぎは、自分の持ち物が殆ど無かった。まさに着の身着のままというやつだ。


 来た時に持っていたボディバッグに入っていたものの幾つかは、この世界では役に立たない。


 元の世界では必需品とも言えるスマートフォンが、時計代わりにもならないのだ。


 カメラ機能は使えるが、写真を撮っても使い道が無いし、何より充電が出来ないのだから、電池切れになってしまえば本当にただの板だ。


 財布は元の中身を抜いて引き続き使っている。今持っているお金は、レジーナに貰った小遣いだ。


 この世界の物価の相場を良く知らないので、手持ちが多いのか少ないのかは判らないが、レジーナの事だから万が一の為にとそれなりの金額を渡してくれたと思う。


 実際にレジーナは浅葱に小遣いをくれる時、「もし何かあった時に、文無しだと困る事もあるだろうしね。何、お金は持っていて損になる事はないさ」と言っていた。


 元々財布に入れていた金銭や定期券、キャッシュカードやクレジットカードなどは、この世界では使い道がまるで無い。


 とは言え、スマートフォンを含め、流石に捨ててしまうのは後ろ髪が引かれ、布製の袋に纏めて入れて、机の引き出しに放り込んだ。


 ティッシュペーパーはあっと言う間に無くなった。使い掛けのポケットティッシュをたったひとつ入れていただけだったので、それも仕方の無い事だろう。


 この世界にもティッシュペーパーと言うか、薄く柔らかな塵紙がある。手洗いの紙と同じものである。


 肌触りはやはりティッシュペーパーの方が良いのだが、多少のごわつきにも慣れつつあった。


 ハンカチは普通に使っている。


 後は、この世界に来てから調達した衣類、紙片と鉛筆ぐらいだ。


 紙片と鉛筆は机の引き出しにすっぽりと収まってしまうし、衣類も作り付けのクローゼットやチェストの一部を占める程度の量だった。


 同じく作り付けの棚には、本1冊すら無い。


 ここまで何も無いと、いっそ清々しい。


「何かさっぱりしてて逆に良いかも」


 あまりにもすっきりとした、越して来たばかりの部屋を見渡し、浅葱は息を吐く。


 調理器具や洗濯や掃除に必要なものは除かれているが、これだけの荷物でも人は生きて行けるものなのだとしみじみ思う。


 何、欲しいものや揃えたいものがあるなら、これからゆっくりと買い足して行けば良い。それはまた新生活のひとつの楽しみでもあるのだ。


 浅葱は口角を上げ、「ふふ」と微笑んだ。

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