第67話 何度でも

魔王にも記憶はないのか。目の前が真っ暗になって、心が折れそうになるが、深呼吸をして、何とか耐える。ここで、折れたら何のために、ガレンは代償を払ってまで、時を戻してくれたのかわからない。


 まず、私は美香と申します。と自己紹介して、信じられないかもしれませんが、と前置きして、話を始めた。

 私は5年半後の未来から時を戻して、やってきたこと。

 もう少ししたら、戦場に聖女が現れること。聖女を捕まえたら、今度は、カスアン神対、人間と魔物の戦争になること。


 そして、私はかつて巫女だったこと。巫女だったときに、カスアン神の恨みを買い、狙われていること。


 そこまで話して、言葉につまった。以前の私は、巫女の力が無くなっても魔王の妻という肩書きで、守ってもらう価値のある人間だったかもしれないが、今の私は巫女の力のない、ただの人間だ。


 魔王の妻になったといっても、今の魔王は、私とも初対面だし、見に覚えのないことで、困惑させるだけだろう。


 どうしよう。


 「……そして、貴方は私の妻だったのだな。証は魂に刻まれる。貴方を見ると、何だか不思議な気持ちになる」

私が言葉につまっていると、魔王はぽつりといった。


 でも、それって今の魔王には関係のないことだ。


 ぎゅっと手を握りしめると、そっと、手をとられた。


 「陛下?」

「そう、深刻な顔をするな。貴方は、私が守る」


 それは、私に対する責任を感じてのことだよね。どのみち、巫女の力を失った私は、魔王に保護してもらうより他はない。けれど。


 「ありがとう、ございます」

 唇を噛む。ううん、後ろ向きになるのは、やめよう。それなら、もう一度魔王に私に恋をしてもらえばいい。そのために、頑張ろう。


 ■ □ ■


 私は、ひとまず客室が与えられた。それから、お世話係もよこすと言われたのだけど──。


 「ミカ様!」

やはり、お世話係は、サーラだった。そのことに、喜んで……ん?


 「サーラ、今、ミカって」

サーラは、私の名前をなかなか呼べずに、マイカなどの響きになってしまっていたはずだ。だけど、ミカって呼んでくれたということは──


 「もちろん、覚えておりますよ。よくぞ、ご無事で」

サーラはそういって、微笑んだ。


 「ほんとうに?」

「はい」

魔王もユーリンも記憶がなかったから、サーラも記憶がないと思っていた。


 「サーラ、サーラも無事で良かった」

泣きながら、サーラ、と繰り返し意味もなく名前を呼ぶ私の背中をサーラは、ずっと撫でていてくれた。




 「ユーリン様にも、陛下にも記憶がないのですか」

落ち着いた私が話すと、サーラは難しい顔をした。

「時を戻す魔法は、人間の王族にだけ伝わる魔法なのですよね。だったら、そのせいかもしれません」

「え?」

「かなり遠い昔の話ではありますが、私にも人間の王族の血が流れているのですよ」

ただの魔物よりは、人間であるミカ様に近しいかと、私は、ミカ様の侍女に命じられたのです。と、サーラは続けた。


 なるほど。じゃあ、私に記憶があるのは、やっぱり完全に失ったと思っていた巫女的な何かが作用してのことなんだろうか。聖女にも時を戻す前の記憶があったし、そんな気がする。


 「ミカ様、陛下に記憶がなかったこと、さぞお辛かったでしょう」

サーラが心配そうに私を見た。

「……うん」

辛くなかったといったら、嘘になる。魔王だけは、私のことを覚えていてほしかった。


 けれど。


 「頑張るって決めたから」

もう一度、魔王に恋をしてもらえるように。まずは、お友だちになることからかもしれないけれど。そもそも、名前で呼ぶことも許可されていないし。でも、魔王がいつも私を尊重してくれたように、私も魔王を尊重したい。魔王に見に覚えのないところで、結婚したのをたてに無理強いしないように気を付けないと。


 私が、そう言うとサーラは

「ミカ様はお強いですね」

と、こぼした。

「ううん、強くないよ。私が強くなれるとしたら、それはみんなのお陰」

ガレンにもらった命を無駄にできないし、サーラが私を覚えていたことは、とても心強い。


 そんなことを話していると、魔王が私の部屋を訪ねてきた。


 「この客室は女性には殺風景だろう」

そういって、花を差し出した。そうだ。こんなこと、前にもあった。思わず、泣きそうになりながら、花を受けとる。

「巫女!?」


 魔王がおろおろと困った顔をしたので慌てて、笑顔を作る。

「陛下から、花を賜れるのが嬉しくて」

そういうと、魔王はその、あの、と言葉につまりながら、切り出した。


 「私は、貴方のことをよく知らない。けれど、知っていきたいと思っている。だから、まずは、私のことを名前で呼んでもらえないだろうか?」

「よろしいのですか?」

「もちろんだ。私も、貴方を名前で呼んでも構わないだろうか?」

首がちぎれそうな勢いで頷くと、魔王は笑った。


 「では、これから、よろしく頼む。ミカ」

「こちらこそ、よろしくお願いします。オドウェル様」


 そういって、魔王は去っていった。

 まだ友だちには、なっていないけれど、名前で呼ぶことを許可された。そのことが、嬉しくて、やっぱりちょっと、泣いた。

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