第66話 再び巻き戻る、時

森のなかを歩いていると、その森に見覚えのあることに気づいた。アストリアとクリスタリアの国境の森だ。

 おそらく、ガレンが時を戻す魔法を使ったせいで、私はここにいるのだろう。だとしたら、これはいつのことだろう。魔王の花嫁選抜の時かそれとも、アストリア城から抜け出したときか。


 答えはすぐに出た。頭に、髪を覆う布を被っていたからだ。アストリア城から、抜け出したときだということは、ガレンは少なくとも5年は時を戻したことになる。以前戻した代償は目に見えなかったけれど、今度は目に見えるほど、大きな代償かもしれない。ガレンは大丈夫だろうか。


 そんなことを考えながら、護身用のナイフを片手に歩いていると、狼が私の前に現れた。


 狼が跳躍する。


 ──噛まれる!


 そう思って、ぎゅっと目を閉じ身を竦めたが、いつまでたっても衝撃は襲ってこない。

「……?」


 目を開けると、狼は切り倒されていた。狼の横には、布で頭を覆った男がいた。


 ──そうか! ユーリン!私はこの森でユーリンと出会ったのだ。


 「ユーリン、美香です! わかりますか?」

私が頭を覆っていた布をはずし、尋ねると、ユーリンも頭を覆っていた布を外した。


 現れたのは、やはりユーリンだった。

「……いきなり、俺を呼び捨てにするなんて、いや、それよりも、その髪、まさか聖女──」

「聖女ではありません!」

「俺たちを滅ぼす力を持たない黒髪の女……。まさか、巫女──、いや、巫女殿」

ユーリンには、どうやら記憶がないようだ。どうしよう。今の私は巫女ではない。巫女でなくとも、信じてくれるだろうか。


 「ユーリン、信じられないかもしれませんが、私は、」

ユーリンは、私の首もとに視線を落としてはっとした顔をした。


「その証は、兄上に現れたものと同じ……」

「え?」


 思わず首もとを触る。自分では確認できないが、時が戻っても証は残ったままなのか。そういえば、魂に刻まれる、なんて言われていたのは本当だったんだ。


「信じられないかもしれませんが、私はオドウェル様の妻になった者です」

それも新婚だ。翌日に離ればなれになるとは思いもよらなかったけれど。


 ユーリンは、私の目の前にひざまずいた。

「どの時かはわかりませんが、貴方は兄上と結婚なさったのですね」

「っはい!」

良かった。信じてくれた。



 「兄上の元へお連れします」

そういって、差し出された手を握ると、魔王の執務室の前へと移動した。


 「ご苦労様。陛下に、ユーリンが来たと伝えろ」

衛兵に取り次ぎを頼むと、すぐに、中に入れられた。


「兄上お久しぶりです」

「何がお久しぶりだ! いつも自分だけ遊──」


 「今回は、誉めて頂きたいですね。兄上の『運命』を連れてきました」

「なにを……、え?」


 ユーリンが、手で私を示すと、初めて私の存在に気づいた魔王は目を丸くした。


 「その黒髪は──いや、首もとの証は……」

魔王の口から美香という、私の名前は出ない。微かな期待を込めて、魔王の深紅の瞳と目を合わせる。


 ──けれど。


 その瞳にはどこまでも、戸惑いが、浮かんでいた。

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