第68話 ガレンの代償

朝、目が覚めると、そこは私の客室だった。当然だ。今の魔王とは結婚していないのだから魔王と寝室を共にすることはない。昨日は隣にいたのに、今日はいない。そのことに、少しだけ動揺しそうになって、ため息をつく。


 今の私は魔王にとってただの人間だ。そのことを忘れちゃいけない。


 頬を叩いて気合いを入れていると、控えめなノックと共にサーラが部屋に入ってきた。


 「お目覚めですか?」

「……うん」


 サーラに身支度を整えるのを手伝ってもらい、一息つく。今日は、ユーリンにお願いをしにいかなくてはならないので、ユーリンの執務室へ向かう。


 「どうしました、巫女殿」

ユーリンに、私が知っている限りの、アストリアとクリスタリアの今後について、話した。

「それで、貴方の願いとは?」

「転移魔法でアストリアから、クリスタリアに連れてきて欲しい人間がいるの」

ガレンだ。ガレンがどうなっているのか、気になるし、それに何より、


 「彼は、時を戻す魔法を使ってくれた張本人で、アストリアとクリスタリアの友好大使として、5年半務めてきた。私よりも、もっと2か国のことについて詳しい」


 私は、この世界のことを断片的にしか知らない。例えば、どうやって、カスアン神を封じたのかもわからない。


 「……わかりました。とはいえ、戦争中だ。ガレンとは、第5王子のことですね。連れてこれるかはわかりませんよ。もしかしたら、抵抗されるかもしれない」


 ユーリンはそういうと、転移魔法で移動した。


 数十分後。ユーリンと、ガレンが上から降ってきた。ユーリンは華麗に着地したが、身体中を縄のようなもので縛られているガレンは、床に激突した。


 「ユーリン、ガレン!」


 ガレンに駆け寄る。ぱっと見たところは、ガレンは五体満足に見えた。けれど、ガレンの目を見ると──


 「右目の焦点があってない。右目の視力を失ったんだね。ごめんなさい、ガレン。謝ってすむことじゃないけれど」

私がそういうと、ガレンは苦笑した。

「あのとき、美香は止めました。それなのに、魔法を行使したのは、私です。ですから、気にしないで」


 「……ガレン」 

ガレンはどこまでも、優しい。でも、視力を失うことは、見えている世界が変わることだ。どれだけ、怖いことだろう。


 「……ひとまず、話を聞きましょうか」

ユーリンが、ぱちんと指をならすと、ガレンを縛っていた縄は解けた。


 ガレンは立ち上がると、ゆっくりと、5年間について、話始めた。


 戦場に聖女が現れ、その聖女を巫女である、私が、捕らえたこと。聖女が捕らえられたことによって、カスアン神が降りてきたこと。


 カスアン神の要求は聖女を返すことだが、魔物側がそれに応じず、それに怒ったカスアン神が暴れたこと。そのことによって、人間側にも魔物側にも甚大な被害がでて、とりあえず、人間と魔物は休戦条約を結び、打倒カスアン神を掲げたこと。


 ……そうだったんだ。本にはカスアン神まじうざい、みたいなことしか、書いてなかったからなぁ。


 「それで、どうやって、カスアン神を封じたんだ?」

「──魔王の宝珠です」

「何だと」


 そういえば、宝珠にカスアン神は、封じられたのだったっけ。ユーリンが、暗い顔をしたが、何が問題なのだろう。


 「宝珠は、ただ一度だけの奇跡を起こす代物だ。時を戻したといっても、おそらく、もう、そこには力は──ない」

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