第60話 不安

「寝不足ですか?」

サリー嬢に尋ねられてぎくりとする。魔王に口付けられたところが、まだ、熱い気がして、昨晩はなかなか寝付けなかった。隈は何とか隠せたと思っていたのだが、隠しきれてなかったらしい。体調管理も后の仕事のうちと容赦なく鞭が飛んでくると思ったが、そんなことはなかった。


 「まぁ、そのような日もあるでしょう」

あっさりと頷き、講義は再開される。


 昨日、サーラから聞いた言葉が蘇る。

 ──サリー嬢は、陛下の后にと目されていた女性です。


 昨日からわかっていたことだけれども、改めて、サリー嬢は魔王の后として申し分ない女性だと感じた。

サリー嬢。魔王の妻になるはずだった女性。金糸の髪と青い瞳、それにすっと通った目鼻立ち。スタイルだって抜群だ。魔王の隣にたつとさぞ絵になるに違いない。おまけに、教養もある。かたや、私はとんでもなく不細工であり、この世界のことをほとんど知らない。彼女と比べて、私が勝るところがあるとは思えない。


 「聞いていらっしゃいますか?」

本当は考え事をしていたのだが、鞭が飛んできそうなので慌ててうなずき、講義に耳を傾けた。


 ■ □ ■


 今日の講義を終えてため息をつく。


 魔王は、サリー嬢のことを素晴らしい女性だ、と言っていた。サリー嬢のことを好意的に思っている。今まで魔王は恋をしたことがないと思っているのは間違いで、本当はサリー嬢のことを好きだったんじゃないか。


 そう考えると、ますます自信が無くなってきた。魔王は、私に恋をしているといい、プロポーズまでしてくれたけれど、私のどこをすきになったのだろう。


 やっぱり私に対する想いは、巫女的な何かが作用してそう勘違いさせているだけだったりして──。

 だったら、魔王に本当に恋をしてもらえるくらい素晴らしい女性を目指せばいいのだが、そう思えるだけの元気がでない。


 気分転換に本でも読もうと思って、図書室に行くと、魔王と出会った。魔王も、図書室に用があったらしい。


 「ミカ」

私に気づいた魔王に名前を呼ばれたが、何となく魔王を見られなかった。

「オドウェル様」

魔王が私の顔を覗き混んだ。深紅の瞳に魅入られて、はっと息を飲む。

 「元気がないな。どうした? サリー嬢に虐められたか?」

魔王がそっと頬に触れる。その手の暖かさに、なぜだかどうしようもなく、泣きそうになった。

「いいえ。サリー嬢は素晴らしい女性です、素晴らしい女性なん、です」

それなのに。それに比べて私は。言葉につまると、魔王は優しく微笑んだ。


 「ミカ、お茶にしよう」


 ■ □ ■


 そのまま魔王の自室に通される。魔王の自室に行ったのは初めてだ。一国の王の部屋なのだから、さぞ豪華なものが多いに違いないと思っていたが、予想に反して魔王の部屋は質素だった。


 「何もなくて驚いたか? ほぼ寝に来るだけの部屋だからな」


 確かに魔王はいつも執務室にいる。だから、あまり部屋で寛ぐことはないのかもしれない。

 魔王手ずからお茶をいれてくれた。

 暖かいお茶はほっとする。


 「それで、どうしたんだ」

一息ついた後、魔王は優しく切り出した。途中途中で言葉につまりながらも、思っていたことを口に出す。サリー嬢が、魔王の后に目されていたこと。サリー嬢の所作や見目麗しく、到底自分では叶いそうにないこと。魔王が私のことが好きなことは、巫女的な何かによる勘違いで、本当はサリー嬢のことが好きなんじゃないか、ということ。


 「私が、サリー嬢に恋をしている?」

「……はい」

魔王は、暫く考え込んだ。魔王は自分の気持ちに気づいてしまっただろうか。けれど、そうなら、私は二人の仲を切り裂くお邪魔虫だ。


 「……っふ」

「オドウェル様?」

魔王は突然肩を震わせたかと思うと、笑いだした。一しきり笑った後、魔王は微笑んだ。

「それはないな。貴方以上に、目があっただけで動悸がする人物にあったことがない。それに、サリー嬢に対して胸をときめかせたことは、一度もない」

「それは、私の巫女の力が作用して──」

「今の貴方は、巫女の力はないのだろう」

そう、だけど。でも、完全に巫女でなくなったわけではない。


 「結婚したいと思ったのも貴方が初めてだ。私は、貴方が好きだ。どうか、疑わないで」

魔王はそういって、私の手を握った。

「……はい。私も、私もオドウェル様が好きです」

勝手に不安になって、落ち込んでいた私が馬鹿みたいだ。魔王はこんなにはっきり、思いを伝えてくれる人だったのに。でも、魔王はそう思っていてもサリー嬢がそうだとは──、ううん、やめよう。下らない嫉妬じゃなくて、自分を磨くことを考えなきゃ。


 ──その後は、夕刻まで他愛もない話をしながら、魔王と過ごした。

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