第43話 神の不在
「……魔王の花嫁になんてならないで。美香を魔王に渡したくありません」
「え?」
ガ、ガガ、ガレン?
吐息混じりの甘い言葉にも驚きだが、どうして、顔がこんなにも変わったし、名前だって違うのに、私が美香だとわかったのだろうか? 今ミラじゃなくて、美香っていったよね?
私が真っ赤になりながら、混乱していると、ガレンは笑った。
「やはり、美香なのですね」
美香ですけれども。ガレンってこんなに色っぽかっただろうか。5年って凄いなぁ……。
「な、なんで」
なんで、私が美香だって、わかったの。
「私が美香に気づかないとでも? 綺麗な黒髪も、愛らしい声も変わっていないというのに」
ユーリンは全く気づいてくれなかったけど。ガレンの観察眼がすごいのだろうか。
そんなことを考えていると、ユーリンは咳払いをした。
「呼ばれなかった者は、今から送らせていただく。呼ばれたものは、客室に戻るように」
……と、言うことなのだが、ガレンに右手首を捕まれたままだ。
「ガレン、私部屋に──」
戻りたいのだけれど。そう目線で訴えたら、ガレンはにこりと笑った。
「その前に、なぜ、そのような姿でここにいるのか、説明していただけますね?」
「……うん」
ガレンに人気の少ないところで、先日、学校から帰宅途中になぜか、この世界に喚ばれてしまったこと。そして、顔も変わってしまったが、理由がわからないこと。そのため、とりあえず、魔王に保護してもらうために、魔王の花嫁選抜に参加したことを話した。
「美香にもなぜ、その姿になったのかはわからないのですね」
「うん。気づいたら、この姿だった」
「私でも解けないとは、かなり高位の魔法が使われていますね」
ガレンでも、解けない? 私が、繰り返すと、ええ、とガレンは頷いた。
「ここまで高位な魔法が使えるのは、──神ぐらいしか。いえ、でも、まさか」
人間と魔物に弾き出された、カスアン神の嫌がらせだろうか?
「とりあえず、美香の保護については、明日魔王に言ってみましょう。ですから、美香、魔王の花嫁候補は辞退してくれますね?」
「う、うん」
確かに、魔王に保護してもらえるのなら、もう花嫁候補に残る理由はない。私が頷くと、ガレンは微笑んだ。
「美香にとっては災難だと思いますが、私はまた、貴方に会えたこと、嬉しく思います」
■ □ ■
翌日。ガレンにつれられて、魔王の執務室へ向かった。
衛兵に取り次いでもらい、中に入る。
「保護をしてもらいたい人物がいるとは、どうしたガレン」
魔王は書類から目をあげずに、ガレンに尋ねた。
「美香が、再び何者かによって召喚されました」
「ミカ……?」
魔王がようやく、顔をあげた。魔王の深紅の瞳と久しぶりに目が合う。
「……ミラ?」
うん? この姿で魔王と会うのは初めてだったはずだが、私のことを知っているのだろうか。
疑問が顔に出ていたのか、魔王は苦笑した。私が瞬きをすると、そこにいたのは──オド、だった。
「オド、さん?」
オドは魔王だったのか。そういえば、魔王の名前はオドウェルだった。私は、とっくに魔王に会っていたのに気づかなかったのか。自分のお馬鹿さにがっかりする。
「ああ。後ろ姿が、ミカに似ているだけかと思ったが──貴方は、ミカなのか?」
私が頷くと、魔王は、そうか、久しぶりだなと頷いた。えっ? そんなあっさり。てっきり、美香である証拠を見せろと言われると思ったのだけれど。私が戸惑っていると、魔王は神妙な顔をした。
「何か呪いをかけられている匂いはしていたが、姿を変える魔法がかけられているとはな」
もしかして、それで、月下氷人をくれたのだろうか?
「ああ。月下氷人は、安眠の他に呪いを解く力も持つ。だが、月下氷人でも、私でも解けないとなると、」
やっぱりカスアン神かな?
と考えていると、扉が勢いよく開かれた。
「兄上、花嫁候補を辞退する無礼者が──は?」
入ってきたのはユーリンだった。ユーリンは、私を見てまた、は? と首をかしげた。
「なぜ、この者が兄上の執務室に?」
「彼女はミカだ。また、何者かに喚ばれてしまったらしい」
え? は? と混乱しているユーリンに、ガレンが詳しく説明し、ようやく、事態が飲み込めたユーリンは青ざめた顔になった。
「申し訳ありません! 巫女殿! 巫女殿だと気づかず、とんだご無礼を」
「謝らないでください、ユーリン」
ユーリンにしてみれば、初対面にも関わらず、いきなり名前を呼び捨ててきた無礼な女だ。イラつくのも仕方ないと思う。
私が何度も顔をあげてほしいといって、ようやくユーリンは顔をあげたところで、魔王は話を戻した。
「巫女の力では、姿を戻せないのか?」
「それが、巫女の力を失ってしまったようで……」
だから、姿も戻せないし、元の世界に帰れないと言うと、魔王は考え込んだ。
「ならば、祠にいってみるか? もしかしたら、また貴方の力が目覚めるかもしれない」
「よろしいのですか?」
魔王の元に押し掛けておいて何だけど、今魔王は仕事だったり、花嫁選びだったりで忙しいはずだ。
「友が困っていて、その手助けをするのは当然だ」
そういって、魔王は右手を差し出した。その手をとると、一瞬で、洞窟へと移動する。
「……?」
おかしい。ここは、以前もきた祠のある洞窟のはずだが、神聖な気配が全くしなかった。魔王を見ると、魔王も顔をしかめており、私が巫女の力を持っていないことが神気を感じられない理由なわけではないようだった。二人で首をかしげながら、先に進む。
「陛下! 祠が……」
「……ああ」
祠があったはずの場所につくと、祠が壊れていた。魔方陣の真ん中で祈りを捧げてみるが、以前のようにガレイオス神の声もしない。
──一体何があったんだろう。
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