第42話 舞踏会

昨晩は、オドからもらった月下氷人の壺のおかげで、ぐっすり眠れた。魔王に保護してもらえることになったら、何かオドにお礼がしたいな、と考えながら朝食を済ませ、ホールに集まる。


 「二次選抜は、舞踏会を行う」

ユーリンは声高々にそう宣言した。舞踏会?

「ドレスはこちらで手配するが、パートナーは、夕刻までに各々で探すように。パートナーが見つからなかった者は、その時点で失格とする」


 貴族の女性なら、魔物の貴族にも知り合いはいるだろうし、身分に関わらずというのは偽りで、この辺りで平民出身者を切るつもりだろうか。


 いや、もしかして、昨日の自由時間はただの自由時間ではなく、人脈を作れということだったのか。でも、私は本当に自由時間だと思っていたから、本を読むしかしなかった。ダンスは、巻き戻り前の生で、一度聖女として御披露目されるために、習ったが、相手がいなくてはどうしようもない。今のところ私の魔物の知り合いは、オドしかいない。オドを探してみよう。



 「いないなぁ」

庭師なら、庭を探せばいると思ったのだが、オドはなかなか見つからない。別件の仕事でもしているのだろうか。そんなことを考えながら、きょろきょろと中庭を歩いていると、人とぶつかった。


 「申し訳ありません」

「また、出会いましたね。声の素敵なお嬢さん」

聞き覚えのある声に顔をあげると、ぶつかった相手はまたもやガレンだった。思わず、ガレン、と漏れそうになった言葉を慌てて飲み込む。


 ガレンは、私の顔を見ても顔をしかめることなく、柔らかく微笑んだ。

「何かお探しものですか?」

この城に友好大使として滞在して長い、ガレンならもしかしたら、オドがどこにいるのか知っているかもしれない。そう思い、魔王の花嫁の選抜の舞踏会に参加するパートナーになって貰おうと、オドという庭師の魔物の青年を探していることを伝える。


 「オド……聞いたことのない名ですね」

そうか、そもそもオドのことを知らないのか。だったら、居場所を知るはずもない。少々落胆していると、ガレンは考え込んだ後、微笑んだ。

「もし、よろしければですが、そのパートナー役私に務めさせていただけませんか?」

「え?」

ガレンが?

「幸い、今夜の予定は空いています。パートナーがいないと困るのでしょう」

「よろしいのですか?」


 それは願ってもないことだけれど、どうしてそこまで親切にしてくれるのだろうか。顔に出ていたのか、ガレンは苦笑した。

「貴方の声と雰囲気が、私の知り合いに似ていたもので。何となく、放っておけなくて」

「そうなのですか。ありがとうございます」


 へぇ、私の声ってガレンの知り合いに似てるんだ。そんなことガレンから聞いたこと一度もなかった。

 パートナーを務めてもらうのに、名前を名乗らないのも変だろうと思い、名乗っておく。

 「私は、ミラと申します」

「私は、ガレンと申します。どうぞ、ガレンとお呼びください、ミラ」


 第5王子なのにそんなほいほいと呼び捨てにさせてよいのだろうか、と私が考えているうちに、

 では、また夕刻にホールで。そういうと、ガレンは去っていった。



 夕刻。舞踏会が始まる少し前に、ガレンは約束通りホールに来てくれた。


 「ミラ、そのドレス似合っていますね」

とさらりと誉める辺り、ガレンは王子なのだと実感する。


 ガレンにエスコートされ、舞踏会に参加する。


 ダンスは嫌いではないが、このようなきらびやかな場は私には、向いていないなぁ、なんて思いながらダンスを踊る。


 ええっと、ここで足を踏み変えて……、巻き戻る前の生でガレンに練習に付き合ってもらっていたとき、よくここで、ガレンの足を踏んじゃったんだよね。


 なんだか、懐かしいなぁ。

「ダンス、お上手ですね」

「いえ、私が上手に踊れているとしたら、貴方のお陰です」

ガレンのエスコートに慣れているせいもあるだろうが、とても踊りやすい。

 自然と笑みが零れてしまう。

 私が笑うと、ガレンは驚いたように目を見開いた。


 「……か」

か?


 何だろう? と思ったところで、ワルツの曲が止まった。


 パンパンと手を叩きながら、ユーリンがホールに現れた。

「ただいまより、二次選抜の結果を発表する。二次選抜を突破したのは、30名。その名を読み上げる」


 どきどきしながら、結果発表を聞く。

「アンナ、エマ、カサラ……」


 もう27名が呼ばれたが、私の名前はまだ呼ばれていない。


 どきどきしながら、残りの3名が呼ばれるのを待つ。

「ハンナ、フレーネ…………ミラ」


 やったー! また選抜に残ったぞ!


 「ありがとうございます。ガレンのお陰で、二次予選を突破することができました」

「いいえ、貴方の実力ですよ」

ガレンは優しく微笑んでくれた。その笑みに少しだけどぎまぎしながら、では、これで。と、礼をして立ち去ろうと──


 ……んん?


 進めない。何でだ? と思って視線を動かすと、右手がガレンに捕まれていた。


 「あの……」

ガレン? この手は何だ、と控えめにアピールする。するとガレンは、困った顔をした。


 「貴方は、本当に魔王の花嫁になりたいのですか?」

「そう、ですかね」

目的は、魔王に保護してもらうことだが、そのためには、選抜に残らなければならない。選抜に残ることを目標としているのに、魔王の花嫁になりたくない、と答えるのは、おかしい。

 私が、戸惑いながら頷くと、ガレンはもっと困ったような顔をした。

「でしたら、私はこの手を離したくありません」


 ? 魔王の花嫁選抜の舞踏会と知っていて、ガレンは協力してくれたのでは?


 私が首を傾げると、ガレンはどこか熱っぽい目をしながら、私の耳に顔を近づけた。


「魔王の花嫁になんて、ならないでください。……美香」

 

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