第20話 魔王と美香
目が覚めると、そこはベッドの上だった。それに気づいて、声にならない悲鳴をあげる。恥ずかしい。さんざん泣いたあげくに、泣きつかれて眠るだなんてまるで幼子だ。
「ミカ様、お目覚めになられましたか?」
控えめなノックと共に、サーラが部屋に入ってくる。真っ赤になりながら頷くと、サーラは微笑んだ。
「ここまで陛下が連れてきてくださったのですよ」
サーラがお姫様だっこのポーズをしてみせる。うわああ。やっぱり魔王が運んでくれたんだ。恥ずかしいし、情けない。仕事をしにいったのに、かえって面倒をかけている。
私は、魔王に謝罪文を書くことにした。
──平素より大変お世話になっております。この度は、誠に
そこまで書いて思った。やっぱりこれは何か違うな、と。直接謝りにいこう。サーラに魔王に時間をつくってもらうよう取り次ぎを頼むと、すぐに許可された。
「巫女、起きたのか?」
執務室へ行くと、私に気付いた魔王が顔をあげる。
「はい。ご迷惑をおかけてしまして、本当に申し訳ありません」
「良い。貴方はまだ子供だ。泣きたくなることぐらいあるだろう」
前の生では、元の世界を思い出すことはあまりなかった。いつか、帰れると思っていたし、考えるだけの余裕がなかった。でも、魔物の国で過ごす時間は、穏やかで、だからこそ、元の世界が恋しくなるのだと思う。
「本当に申し訳……ありがとうございました」
「ああ」
魔王はゆっくりと微笑んだ。その笑顔に妙にどぎまぎしてしまう。
「あの、お邪魔でなければ、書類整理をしてもいいでしょうか」
魔王が頷いてくれたので、それに甘えて、書類整理をさせてもらう。お互い無言だったけれど、魔王の隣は心地よかった。
「巫女、そろそろ終わりにしよう」
気づけば夜になっていた。頷くと、魔王はぽつりといった。
「そういえば、貴方はどのようにしてこの世界に?」
「アストリアで、召喚されたんです」
学校から帰宅途中に突然魔方陣が現れ、この世界に喚ばれたのだと言うと、魔王は考え込んだ。
「巫女を無理やり召喚した? ──であるならば、人間の狙いは……」
もしかして、言うなら今なんじゃないかな。本物の聖女が現れること。アストリアには一年もいたし、処刑されたからといって愛着が完全に無くなったわけではない。アストリアにはガレンもいる。でも、この2ヶ月の間で私は、それ以上にクリスタリアに愛着を持つようになってしまった。魔王にも、ユーリンにも、サーラにも死んでほしくない。
「陛下」
「どうした?」
「信じられないかもしれませんが、9か月後聖女が現れます」
また、嘘つきと言われるかもしれない。それでも。そんな覚悟をもって言ったのに、魔王はあっさりと頷いた。
「ああ、そうだろうな」
「え?」
「巫女と聖女は一対だ。巫女が現れれば、聖女も現れる」
──その言葉を聞いて、恐ろしい考えが私のなかを過る。まさか、聖女を喚ぶために、私は召喚されたのだろうか。でも、アストリアでは巫女なんて聞かなかったし。でも、もしかしたら。
「そんな顔をするな、巫女、貴方は私が守るから」
「へいか、」
魔王が私を覗き込む。深紅の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。どうして、魔王はこんなにも優しいのだろう。私が巫女だから?
「あまり甘やかさないでください。私は弱い人間だがら、すぐに陛下にもたれかかってしまいます」
「私はクリスタリアをすでに背負っている。貴方一人、わけはない」
──違う、私が巫女だからじゃない。強いからだ。魔王は、強い。私も強くなれるだろうか。
そんなことを考えながら、部屋に戻る。
「……っ!?」
扉を開けようとすると、何者かによって後ろから口を塞がれた。
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