第21話 ガレンと美香

誰かに口を塞がれ、無我夢中で抵抗する。

 すると誰かは、耳に唇を寄せる。

「美香、暴れないで」

「……!?」


 その声はあまりに聞き覚えがありすぎる声だった。私が驚きのあまり、抵抗をやめると、そのままずるずると人気のない部屋まで連れ込まれた。


「──ここなら、いいか」

その言葉と共に、私の口を覆っていた手が離される。その瞬間振り返るとそこにいたのは──やはり、ガレンだった。


 「何で……」

 久しぶりに会ったガレンに動揺する自分に動揺してしまう。もう恋心は殺したはずなのに。

「美香を探しにここへ」

月明かりにガレンの瞳が照らされて、よけいキラキラして見える。その瞳を見ていられなくて、下を向く。

「そんな必要なかったよ」

「美香、魔物たちに攫われてどれほど恐ろしい想いをしたでしょうか。アストリアに帰りましょう」

違う。私は、クリスタリアで恐ろしい想いなんか、していない。むしろ、私は、クリスタリアで自由を手に入れたんだ。

「攫われてないよ。私は、私の意志でこの国に来たの。だから、仕事なのに悪いけれど、もう帰って」

ガレンはアストリアでいなくなった私の責任をとりにここまで来たのだろう。でも、ガレンには悪いけれど、アストリアに戻るつもりはない。


 「美香、私もただ仕事だからここに来たわけではありません。私は、貴方に私の傍にいて欲しいのです」

「だったら、何で──」

離れていったの。そういう前に、サーラの声が聞こえた。


 「ミカ様? どちらにいらっしゃるのですか?」

サーラが私を探している。帰ってくるのが遅い私を心配したのだろう。

「──わかりました。どうやら時間切れのようだ。それに貴方の意思は固い。今日はここまでにしましょう。ですが、必ず、貴方をアストリアへ」

そう言うと、ガレンの姿は見えなくなった。何か魔法を使ったのかもしれない。


 「ミカ様」

「サーラ、こっち」

廊下に出ると、サーラが安堵したように駆け寄ってきた。

「心配をかけてごめんなさい」 

「いいえ、ミカ様が無事ならそれでいいのです」

「ありがとう」


 ため息をつきながら、今度こそ部屋に戻る。

 まさかガレンが、クリスタリアまで追ってくるとは思わなかった。それに──ガレンが現れたことに動揺した自分にがっかりする。まさか、私はまだガレンに未練があるのか。


 ガレンは、仕事だからではなく、自分が私に傍にいて欲しいから来た、といったけれど、あれは嘘だろう。だって、ガレンと過ごした時間は、前回の生よりも短い。一年も一緒にいた前回の生ではガレンから離れていったのに、それよりも一緒にいた時間が短い今回の生で、ガレンが私に執着するとは思えなかった。


 まさか、私の恋心がばれているのか。確かに前回の生では、私は分かりやすすぎるくらいガレンに好意を向けていた。でも、今回の生では、ガレンへの恋心はそこまで明らかにはしていなかったはずだった。


 まさか、ガレンにも前回の記憶がある?


 頭を過った考えに首を降る。そんなはずない。それだったら、なぜ聖女じゃないとわかっている私を追ってくるの。


 でも、ガレンは初対面のはずの時から私を美香、と呼んでいた。

 ──心臓が嫌な音をたてる。


 結局、その夜は一睡もできなかった。

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