第19話 望郷
自分を間者としてクリスタリアに送ってくれ、と王に嘆願してから一ヶ月。ようやく許可が下った。
つけ耳をして、魔物に変装する。これで美香に会う準備が整った。
あと9ヶ月で、美香を連れ戻し、彼女を聖女として立てなければならない。そして、この戦争を終わらせるのだ。
美香のことを想わない日はない。人のいない国へと連れていかれて、美香はどれほど心細いだろうか。
だが、きっと彼女をアストリアに連れ帰れば、あの暖かい春の日差しのような笑みを見せてくれるはずだ。
私は覚悟して、クリスタリアへと続く道へと進んだ。
■ □ ■
「うーん」
大きく伸びをする。夏になったが、若干寝苦しいことを除いて、私はとても快適にすごしている。
この世界の暦と元の世界の暦は同じなので、もうすぐ私の誕生日だ。
そういえば。と、ふと思い立って、サーラに年を聞いてみる。
「15ですが」
……!? 一瞬なんと言われたかわからなかった。あと少しでサーラと同い年だなんて。てっきり、サーラは落ち着いているので、もう三才くらい年上かと思っていた。
この国では成人より前に働き始めるのか……、もあるけれど、今更ながらようやく私は気付いた。
私、無職だ。
何でもっと早く気づかなかったのだろう。働かざる者食うべからずなのに、私は、この世界では学生でもないのに、まる2ヶ月ぐうたらしていたことになる。
私は非常に焦りながら、魔王に時間をつくってほしいという手紙を書いた。
3日後。魔王の時間がとれたので、魔王にお願いする。
「働きたい?」
「はい」
「……貴方は巫女という立派な職についているだろう」
この世界の巫女は幸運をもたらす役割があるようだけれど、残念ながら私にそんな力はない。職務放棄である。涙目になりながら、そう訴えると、魔王はしばらく考えた後、提案した。
「巫女、手際が良いな」
魔王に誉められて、少し得意げになる。魔王から与えられた仕事は書類整理だった。王様が処理するような機密情報の高い書類を扱って良いのか、と聞いたが、今扱っていて、見られてまずいものはないらしい。
仕事をするつもりが、かえって気を使わせていることに気づいてないわけではないけれど、どうしても落ち着かないのでその好意に甘えさせてもらう。
ラベルを見ながら、優先度の高いものとそうでないものに仕分けしていく。
梓ちゃん─親友が生徒会執行部をしていたので、書類整理は何度か手伝ったことがある。
「巫女?」
手が止まる。
梓ちゃんは元気だろうか? ううん、梓ちゃんだけじゃない。お父さんやお母さんも。お父さんたちは今頃、どうしているかな。
思い出さないようにしていたのに、一度思い出すと止まらなかった。
帰り道、梓ちゃんと遊ぶ約束をした。一度家に帰ってから、もう一回集まろうと約束したのだ。私がなかなか来ないことに首をかしげながら、梓ちゃんは暗くなるまで待っててくれたのかもしれない。お母さんは、今日帰ってくるの遅いわね、なんて思いながら、夕飯をつくって待っていてくれて。お父さんは仕事から帰ったら、私がいないことにびっくりして。慌てて近所を探したけれど、いなくて、警察に通報したのかもしれない。
「巫女、」
再び呼ばれて、はっとする。そうだ、私は今仕事をしに来ているのに。魔王にわざわざ用意してもらった仕事だ。中途半端に投げ出すことはできない。
「申し訳ありません。少し、考え事をしてしまって」
慌てて手を動かす。この書類の優先度は、どうだろうか。──? 文字が滲んでよく見えない。魔王に、この書類インクが滲んでますよ、と言おうとした私の目元が隣に座っていた魔王によって優しく拭われる。
「泣いてませ、」
泣いてない、という言葉は、吸い込まれて消えていった。魔王の指は確かに濡れていた。
「どうして」
早く止まれ、と思っているのに、涙は止まらないままだ。このままでは、書類を汚してしまう。焦って擦ろうとした手を魔王が、止める。
「巫女、悲しいときは泣け。私たちは、そのようにできている」
でも、だって。嫌々と子供のように首を降る私に、魔王は優しく頭を撫でた。
「巫女、よく頑張ったな。……もう、頑張らなくて良い」
それは、最後の一押しだった。
「っ……」
「ああ」
声をあげて、泣いた。その間、魔王はこの年でみっともない、とか、恥ずかしいなんて言わず、ずっと頭を撫でてくれた。
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