第28話 決戦三日前
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花のお姫さまのいなくなった国は花が散り、木は枯れ、すっかりと生気がなくなってしまいました。
なんとかお姫さまを取り戻そうと、何人もの冒険者が魔王に挑み、敗れていきました。
魔王城の城壁は高く、配下の魔物は強いため、千人以上が一斉に攻撃しても魔王城に入ることはできませんでした。
魔王には、お姫様をどうしても手放したくない理由がありました。
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――姫はそこでペンを置く。
暇なときになんとなく書き始めた物語。最初は自分が体験したことを記述しようとしたが、ただの囚われの身では思った以上に新鮮な経験はなく、魔王のすることは実は仕組まれた茶番劇でこれまで平和的だったため、子供向けの絵本のような内容になっていた。
しかし、先日の戦争ごっこという名の虐殺のせいで子供向けにするのも難しくなってしまった。それからも規模は小さいものの軍として攻めてくる者はおり、早期に戦いを終結させるためにおびき寄せ、殺していった。魔物の被害は一体もない。人間と魔物の戦争は戦いにすらなっていなかった。
元々事実のみを書いていたわけではない。しかし、あれだけ人が死んだのを目の当たりにするとそのまま筆を進めることが難しくなった。フィクションとして書いているようなものだから、ぼかして書くのは簡単だが気が進まないことには変わりない。
まあいい。この物語の肝は結末だ。父の考えたシナリオから離れ、望み通りの結末を迎える、それができればいい。
そのための準備は着々と進んでいる。
魔王にばれないのが絶対条件のため動き辛いが、最近の魔王は来客が多く、忙しいためそれが幸いしている。
一ヶ月ほど前まではレアキャラだった魔女だが勇者が近くまで来ているためか最近は頻繁に出入りしている。
椅子から立ち上がり、部屋を出る。目的の達成のためには情報が必要だ。なにしろ結末が綺麗に行くかどうかはタイミングが重要になってくる。準備が早すぎても遅すぎてもいけない。幸い、自分をこのイベントから除け者にしたことが負い目になっているからか、魔王は情報を包み隠さず教えてくれる。本物の勇者以外の情報は特に必要なかったが、必要のない情報も集めることで暇潰し――もとい本当の目的を隠すことにも繋がるとも考えられる。
「おや、姫様ではありませんか?」
「そういうあなたは魔法美少女」
「相変わらずお上手で」
考えながら通路を歩いていると、前方に老婆が立っていた。人間でありながら魔王と繋がりのある数少ない人間の一人だ。魔法使いという話で、水晶で遠くの景色を映し、占い、薬草に通じている。人を蛙に変えたり、物を大きくしたり小さくしたりと魔法使いらしい魔法は見たことがないが、魔王が重宝する人間だ。きっと腕は確かなのだろう。
「先日はお世話になりました。さすが花の王女様、いい土をお持ちで」
「あなたの持ってきたハーブも素晴らしかったわ。初めて飲む美味しいハーブティーが沢山でこの暮らしの楽しみが一つ増えたくらいよ」
「長く生きている分、各地の薬草を知っておりまして。それを自分で育てるとなると、やはり気候と土が重要でして、姫様の申し出には大変助かっております」
ひぇっひぇっひぇっ、と爽やかに魔女は笑う。
「薬の研究となれば王国全体の利益になるわ。是非とも美容と健康にいいハーブを沢山作ってほしいわ」
姫もにこりと笑う。
姫はこの数ヶ月の間、魔法使いとの親交を深めていた。薬草の一部の譲渡と研究の成果を教えてもらうことを条件に、姫が花を育てている土地を一部魔女に預けたのだ。
故郷に戻ったら、魔王と親交のある魔女と繋がりがあるというのは強みになる。それは薬草そのものよりも重要なことだと思った。
「魔王に会ってきたの?」
「はい。もうすぐ勇者が訪れますので、その報告に」
「占い通り?」
「ええ。本当はもう少し早く到着しても良かったのですが、多少根回しをして調整させていただきました」
またもひぇっひぇっひぇっと笑う。姫も「大した占いね」と笑う。
会話もそこそこに姫と魔女は分かれる。魔女が来た道を辿り、姫は魔王の書斎の前に来る。ノックをすると、待たずして返事があったため中に入る。
「珍しいな、ノックして入ってくるなんて」
開口一番、魔王はそんなことを言ってくる。
「あら、三割くらいはノックしているわよ」
姫も答える。魔王は大して怒る様子もなく、「毎回してくれ」と言った。
「まあいい。それより本題に入ろう。さっき魔女が来て、勇者がこの城に来る時期がわかった。昨日魔界への入り口を発見したところで、三日後くらいになるだろう。他の勇者候補とタイミングが被ることがないように根回しをしていたため時間が掛かったらしい」
知っている。声には出さずに姫は頷いた。
「ようやくね。随分とのんびり待たされたものだわ」
「それと、これまで助けに来たその他の勇者候補のリストとレポートだ。時間が掛かってすまなかったな」
「忙しかったし、仕方ないわ。ありがとう」
差し出されたレポートを受け取り、姫は礼を言う。ここ最近は勇者候補が来ても顔を出さないことが多かった。体裁的には先の戦争ごっこを見て、邪魔をしたくないという名目である。最初は姫の無事を世間にアピールするために姿を見せる必要があったが、その目的も既に果たされている。人間側は勝てないどころか勝負にすらならないため、正直見ていてもつまらないという気持ちもあった。
そういうこともあり、魔王城を訪れた人を全員は把握していなかった。その中には今後交流を持つ人もいるだろうし、貴族の中には既に顔見知りだっている。状況は把握しておく必要があった。
リストには、魔王城を訪れた代表者が時系列順に並んでいる。
・ガリウム
・ガリウム
・テルビウム
・アスタチン
・ガリウム
・キセノス
・ガリウム
・ガリウム
・ネオス
・ジンク
・ガリウム
圧倒的なガリウム率。知らない内にこんなに来ていたのか、と驚くがそれ以上に思うところはある。
「私の名前も出ていないのに、顔もわからないキャラクターばかりどんどん名前が出てくるわね」
リストに目を落としたままぽつりと呟く。
「名前がどうした?」
「いえ、なんでもないわ」
魔王の疑問には答えず、資料のページをめくる。魔王城に来たときのメンバーや戦い方、所感の他どこで調べたのか、当人の生い立ちや性格なども載っている。はっきり言って興味もないし、性格などを知り合う前に知っておくのは趣味が悪い。
「力作すぎて時間がかかりそうね。後でじっくり読ませてもらうわ」
閉じようとしたところで、ある数値が目に入った。死者数という項目だ。テルビウム戦の三二四人という数値が最大で、次点がキセノス戦の一二人だ。次点以降の数は少ないのは、テルビウムが純粋に最大戦力だったこと、最初の攻城戦だったから力を見せつける必要があったことの他、姫の心情を慮ったからだろうか? そんなことをふと考えてしまう。
あらためて資料を閉じる。
「ねえ、魔王。あなた、人間のこと好きでしょう?」
かねてから魔王に対して聞きたいと思っていたことだ。姫は傍らに置かれている椅子に腰掛ける。この椅子にしても、勝手に入ってくる姫に対していつの間にか魔王が用意していたものだ。当然魔王にはサイズが小さく、この椅子に座れるのは姫だけである。
「そうだな。否定はしない」
「でも、人が死ぬのに何も思わないの?」
「そうだな」
どちらの質問も魔王は肯定する。そこが姫にとってよくわからないところだった。二つのことは矛盾していると思う。
「好きなものが死んだら哀しいと思うのが当然じゃあなくて?」
「それは少し違うな。俺が人間のことが好きなのは、人間が死ぬというところまで含めてだ。姫と違うのは、死ぬということに否定的でないだけだ」
「なるほどね。死ぬ間際こそ美しいとかそういうこと?」
「ちょっと……いや、だいぶ違うが……」
魔王は思案すると、言う。
「人の死に心を痛めると言っても、状況によってその想いは様々だ。例えば身近な人が死んだときに感じるのは、二度とその人に会えないという寂しさだろう。しかし、テルビウム戦で姫が感じた心の痛みは違う。元々が会ったことがない人間だ。会えなくなったところで寂しさがあるわけがない。勿論、姫が一国の王女で、死んだのが自国民であるという立場による痛みもあるだろう。だが、それとは違う痛みがあったはずだ」
姫はそうね、と頷く。
「姫は、テルビウム戦で死んでいった者たちを無意味な死と思い、そのことを憐れみ、心を痛めたのだろう。こんなことは起きてほしくはないと思ったのだろう。だが、それこそが意味だ。おまえがそう思ったことが死んだ意味になる。人は一見すると多くの命が無意味に奪われている。戦争、殺人、病気、事故。それらを生きている者が心を痛め、同じことを起こさないように行動することが意味になる。姫一人の力ではできることが限られているが、姫と共感する者が何千、何万と集まり、受け継ぎ、また何千年と時を重ねることで少しずつ減らすことができる。中には共感の範囲から外れ、人間社会に害をなす人間も必ずいる。それも学び、排除する方法を効率化していく。それが人間の強みであり、俺が人間のことを好きな理由だ。この魔王、人間個人には興味がない。あくまで種族として、群体として成長していく人間が好きなのだ」
「だからそれこそ人類が滅びるレベルの虐殺でないと心は動かない。今回のことは子供に教育という名目で軽く頭を叩く程度のものということかしら?」
「例えは悪いが、そういうことだな」
「それじゃあ、私がいますぐ死んでも心は動かない?」
「…………」
魔王が答えに詰まる。なんとなくだが、表情から魔王が考えていることがわかった。この顔は自分がどう考えているかというよりは、どう答えるのが姫の機嫌を損ねないかを思案している顔だ。やがて結論が出たのか、魔王が答える。
「まあ……身近な人が死んだときに感じる寂しさは感じるかもな」
「ありがとう。とりあえずはその答えで満足しておいてあげる。少しだけ魔王の考え方がわかったから良しとしましょう」
姫はそう言って笑顔を見せる。
ロマンチックな回答ではないものの、それに関してはあまり期待していない。ただ少し魔王を困らせてみたかっただけだった。それに、姫に関しては少なくとも群体としての人間ではなく個人として見てくれているとわかっただけ満足だった。
「もうすぐこの生活も終わりね」
「ああ、寂しくなるな」
「嘘でも嬉しいわ」
姫が再度笑うと、魔王は「嘘ではないのだが」と呟いた。
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