第25話 魔王とお姫様と最初の勇者

 魔王が姫を攫ったのは国王が仕組んだ出来レース。その事実を知ってから更に三ヶ月。世間はすっかり春めいていた――のだが、魔王城に変化はない。天候、植物、気温、秋から冬、春と季節の半分を過ごしても常に一定に保たれていた。おかげで風邪などの病気とも無縁であったが、さすがに面白味がなさすぎだった。

 それでも計画は順調に進んでいた。この城で魔王にだけは内緒で計画を進めることが一番の難題であったが、魔王の部下が意外と協力的であったのは救いであった。

 朝起きて、着替えを済ませる。

 鏡の前でくるりと回る。

「よし!」

 体型は完全に戻っている。あれから運動は欠かさず、食事もバランス良く摂っている。半年もあって丈が相変わらずなのは悩みではあったが、プロポーションも肌つやも完璧である。

 今日も朝食後に軽い運動をしようと思っていたところでノックの音が聞こえる。魔王の部下が来るには少し時間が早い気がした。

 このくらいは誤差かと思い、扉を開くと外にいたのは魔王だった。

「あら、どうしたの? 珍しいわね」

「喜べ、姫。勇者が来たぞ」


「魔女からの情報ではまだ時間は掛かるはずだったのではないの?」

 朝食を食べ、主城のホールに移動して姫は聞いた。

 勇者の動向に関しては、魔王自身細かく集めていることもあって、姫もまた詳細を把握している。現在、勇者は魔界入り口から四〇キロメートルは離れた町に滞在しており、数日中に到着することはないだろうとのことだった。魔王に関する情報が勇者に集められるとは言っても、魔王城の第一発見者が勇者になることはまずないというのが魔王と姫の同一の見解だった。

「それに、ここはお城の玄関でしょう? 主人が椅子を置いて出迎える場所ではないわ」

 広々としたホール。赤い絨毯が敷かれており、その先、一段高いところに大きな椅子が置いてあり、魔王はその椅子に座っている。背後に階段や扉が並んでいる中、ど真ん中に椅子が一脚だけ置いてあるのは違和感しかなかった。

「まったくその通りだ」

 魔王は答えて言う。

「今回ここに来るのは勇者候補として応募した一人だ。本物の勇者ではないが、折角の来客第一号だ。俺自身がもてなさねば失礼だろう? だが、奥に引っ込んでいて、本物の勇者が来る前に城を荒らされては困るからな。こうして入って早々お相手しようというわけだ」

「なるほどね。それじゃあ、私が帰るのはまだ先なわけね。部屋に戻っていようかしら?」

「そう言うな。なにせ初来客だ。姫が無事であることとこの城の場所を喧伝してもらわなければならないからな。功労者に報いるためにも元気な顔を見せてやれ」

「そういうことなら仕方がないわね。私にも椅子を頂戴。あなたが座っていて、私だけが立っていて自由な状態では囚われている感ゼロだわ」

「確かに、助けが来ても露骨に逃げないのはおかしいな。手くらいは縛るか?」

「構わないけれど、縄とかは嫌よ。肌が荒れる。それに逃げる気がないのだから緩めでね」

「OKだ。用意させよう」

「それにしても、結果がわかりきっている勝負に対して、どう反応すればいいのか対応に困るわね」

「まあ、待て。そう侮るものではないぞ。なにせ相手はここまでの道のりを一人で踏破した男だ」

 姫がほお、と興味を示すと勿論負けるつもりは微塵もないが、と付け加えつつも魔王は続ける。

「その男は貴族の後ろ盾も仲間もなく、一人で数々の魔物を打ち倒し、情報を得て、ハンデを乗り越えつつも最速でここまで辿り着いたのだ。実力で言えば今回の勇者候補の中でナンバーワンだろう。現状では本物の勇者よりも間違いなく強い」

「それは凄いわね」

 魔王がそこまで評価するとは驚きだった。魔王が説明している間も、特に指示をされたわけでもないのに魔王の部下によって椅子が運ばれ、腕を縛るための布が運ばれ、着々と準備が進んでいく。

「ハンデ?」

 言葉の一つが引っかかり聞くが、魔王は答えない。

「まあ、それだけ優秀な人物なら見てみたいわね。今まで見せてもらった勇者候補の中にいたのかしら?」

 以前から魔女の推奨を通じて、勇者及び勇者候補の動向に関しては姫も確認している。その中に一人旅で活躍している人物などはほとんどいなかったと思うのだが。

「すぐにわかることだ。楽しみにしていればいいさ」

「それもそうね」

 会話している間にも、姫の手が縛られる。淡いピンクに染められた絹の布で、リボンのような結び目が作られる。その気になったら自分で結び目を解けそうだ。

「随分かわいらしく縛ったわね」

「要望に応えつつ、縛り目を目立たせるためだ」

 魔王の部下が答える。

「緊迫感というか、緊縛間もないがな」

「…………」

「…………」

「ごめんなさい、突然すぎて笑うべきか悩んだらタイミングを失ってしまったわ」

「いや、私も後悔している」

「そう仏頂面で冗談を言われてもわかりにくいわ。もっとテンションを上げないと」

「断る」

「そうね。似合わないことはやるものではないわ」

 そう言って姫は笑う。

その折、上階から羽の生えた小さな爬虫類が飛んでくる。魔王の近くまで寄ると言った。

「魔王様、対象は第一櫓付近を通過中。間もなく到着いたします」

「ご苦労」

 どうやら魔王城付近を監視している魔物のようだった。魔王城の櫓は五芒星の各頂点に設置されている。第一櫓は城門の真反対に位置し、主城入り口に一番近いところにある。主城に入るには、城門からぐるりと半周城壁に沿って移動しなければならない。

「思ったより早かったな。おまえも下がっていいぞ」

「かしこまりました」

 魔王が指示を出し、魔王の部下と監視用の魔物は奥へと下がる。程なくして主城の門が重苦しい音を立てて開く。そして中に入って、開口一番男は言った。

「姫様ぁああああああ! 助けに参りましたぞぉおおおおおおおおおっ!」

 入って来た男の大声とその姿に姫は唖然とする。

 魔界と等しく毛の一本も生えていない頭に、自慢の肉体を見せつけようという意思なのか上半身裸――に何故かマントだけを羽織っている格好、間違いなくその昔、姫が命じて魔物がどこか遠くに運んで行った勇者候補である。

「なんで、よりにもよってあの男なのよ!」

 姫が魔王に詰め寄る。

「いや、実際大した男だと思うぞ。逆方向に山を越えて運んで、付近に数体の魔物を設置していたのにその全てに打ち勝って、ここまで辿り着いたのだ。褒めてやれ」

「そうかもしれないけどさぁ……」

 姫がげんなりしていると、男がこちらに気付く。

「やや、そこにおわすはもしや姫様? そして貴様が魔王だな! このガリウム・アルセニックが見事貴様を打ち倒し、姫様を救い出してみせましょうぞ!」

「初めて名前が出てきたキャラクターがおまえか! そして予想以上に暑苦しい!」

 ガリウムはマントを脱ぎながら駆け寄ってくる。その様相に姫は嫌悪を感じ、手を口元にやる。

「姫様! そのように縛られておいたわしや! 行くぞ、魔王! ぬおぉおおおおおおおおっ!」

 ガリウムは更に加速し、魔王に迫る。それに応えるように魔王も椅子から立ち上がり、一歩踏み出す。

 ただそれだけでガリウムの勢いは止まる。魔王の手が届く一歩手前でガリウムは留まる。

 巨体の魔王のほうがリーチは長い。必然、ガリウムが攻撃するためには魔王の攻撃を掻い潜らなければならない。ガリウムが止まった位置は、魔王の攻撃が届くか届かないかギリギリの距離だった。

「いい見切りだ。さすがにここまで辿り着いただけのことはある」

 魔王がもう一歩進むと、同じだけガリウムが退く。先ほどまでの暑苦しさがどこに行ったのか、ガリウムの額には冷たい汗が滴っている。

「武器は持たないのか。いくらおまえが優れた武人でも、拳ではこの魔王に傷一つつけることはできないぞ」

「この拳こそが我が武器! この肉体こそが我が鎧! 幾多もの魔物を打ち倒した我が技にて貴様を倒す!」

「倒したとは言っても、一匹も殺せてはいないではないか」

「あ、そうなんだ。そりゃあそうよね」

 魔王の発言に、姫が納得する。魔王の手下で雑魚扱いとはいえ、魔物である。熊よりも強いだろう。それを素手で殺すとなれば至難の業である。

「そう言うのであれば、好きに打ち込んでみるがいい。反撃はせぬと約束してやろう」

 魔王が両手を広げ、無防備に構える。その様子にガリウムが顔をしかめる。

「侮辱しおって……! ならばこの拳受けてみるがいい!」

 ガリウムが一歩で魔王の懐に飛び込む。高速の踏み込みの速度をそのままに全体重を乗せた一撃を繰り出す。

「いい一撃だ。それでいて、こちらの反撃も十分に警戒している」

 腹に攻撃を受けた魔王であったが、微動だにせずにガリウムを評価した。

「満足したか? さあ武器を取れ。必要ならばこちらが好きな武器を準備しよう」

「ぬ……ぬぅうおおおおおおおおおっ!」

 逆上したガリウムは、魔王の言葉に耳を貸さず、なおも拳を連続で繰り出す。魔王はそれを悉く掌で受ける。それは防御するというよりは、ガリウムの拳を守っているようでもあった。

「無駄だと言っているだろう。しかし、下手に武器を使うよりはこの方が楽しめるか?」

 ただ守っているだけの魔王だが、その表情はどこか楽しそうだ。それだけガリウムという男が優秀なのだろう。

「魔王!」

 楽しそうに防御する魔王を姫が呼び止める。

「さっさとして」

 魔王はその言葉に溜息を一つ吐き、了解と答えた。

 繰り出される拳を片手で払い、体勢を崩したところで残った手をガリウムの額に近付ける。中指をピンと弾くと、ガリウムが盛大に吹き飛ぶ。たったそれだけでガリウムは気を失ってしまった。

 それを見て、姫は自分の手を縛っているリボンを取り、魔王に近付く。

「子供と相撲を取るお父さんじゃああるまいし、何がそんなに楽しいの?」

「そういうな。久しぶりの戯れだ。それにじわじわと恐怖と絶望を与えるというのも魔王らしくていいだろう?」

「そういうものかしら? それよりも、殺していないんでしょうね?」

「そのくらいの加減はしているさ。伝達係もしてもらわねばならんしな」

「少し残念だけど、まあいいわ。この男はどうするの?」

「王国首都まで魔物に連れて行かせる。まあ、振出に戻るって感じだ」

「ところで、王国からここまで距離はどのくらいなの?」

「ざっと一〇〇キロだな」

「さすがに少し同情するわ……」

「姫の対応も含めてな」

 魔王は皮肉めいた笑みを浮かべる。ガリウムの元には既に、以前水晶ごしに見たことのある鳥人が姿を見せていた。

 鳥人はぐったりとしたガリウムの両肩を掴むと、大きく羽音を立てながらその身体を浮かべる。開け放たれたままの扉からそのまま出て行くガリウムを姫と魔王は見送った。

 ガリウムと鳥人の姿が見えなくなると、魔王は楽しげに言った。

「さあ、これから忙しくなるぞ。魔王城の場所が判明したのだから、貴族連中が軍を送り込んでくるのも時間の問題だろう」

「それじゃあ、次に来るのは誰か賭けでもしましょうか?」

「いいだろう。暇潰しに見ている姫と違って、俺の方が情報を持っていることを忘れるなよ?」

 魔王は自信満々にそう言い放つ。


 ――三日後、賭けは二人共ハズレという結果に終わった。

 予想に反し、二人目の訪問者は、外部と一切接触することなく最速で魔王城に舞い戻ったガリウム・アルセニックであった――。

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