第24話 姫の苦悶
魔王が姫を攫った理由を聞き、その後姫と魔王は一言も言葉を交わすこともなく二人は戻ってきた。
食事中も言葉がなく、重苦しい空気が食堂を包んでいた。
運動後でお腹は空いているはずなのに、姫の食事はいまいち進まなかった。
「……なあ」
「何?」
雰囲気に耐え切れなくなり魔王が話し掛けるが、姫に睨まれて口を紡ぐ。
「ごちそうさま」
半分程度食べたところで姫は席を立つ。
「どうした? ダイエットだからと急に食事を減らしては健康に悪いぞ。人間は貧弱なのだから栄養はしっかり摂取しておけ」
魔王の部下が皿を片付けながら言うと、
「運動後だからって量を増やしているのはバレバレよ」
姫は素っ気なく言って部屋を後にする。気付かれていたか、と部下は舌打ちをするが姫はそれには反応しなかった。
部屋に戻ると姫はベッドの上で膝を抱える。
何もする気が起きない。
心がもやもやする。
魔王に悪気がないことはわかっている。
元々魔王が人間を妻にするというのも無理がある話だとも理解している。
故郷に帰れることが確定したのだからむしろ喜ばしいことのはずなのに、一向に心が晴れることはなかった。
(何でこんな気持ちなんだろう?)
何度か同じ問をしているが答えは出ていない。そもそもこの感情がどういった類のものなのかがわからない。魔王に対して怒っているというわけでもない。そもそも魔王は何も悪くはないのだ。一連の企画は父がしたものだ。ただ、自分に対する怒りはある。このまま魔王の妻になって世界征服でもしてみるのも悪くないなどとその気になっていた自分がいたのも事実だ。自分が騙されているとも知らずに浮かれていた自分に腹が立つ。
「イベントか……」
ベッドに仰向けに寝転がる。すっかり見慣れた天井を見詰める。
これは祭りなのだ。ただし、国王と魔王しか知らない祭り。
姫と勇者を神輿にして、貴族の蓄えを放出させ、経済を回し、跡継ぎ問題を解消する。魔物を各所に配置することで野盗が活動しにくくなっているのも狙いの一つだろうか。
(あの堅物な父親にしては面白い企画ね)
本当にあの父親が考えたのか疑問だが、国中の人間を騙して金を巻き上げて支持率を上げるような一石二鳥、三鳥のような企画。そんな面白い企画の中で自分は中核に位置する。その役回りに不満があるわけでもない。
しかし、中核にいるのに自分の役回りがただ待つだけというのが気に食わない。
そもそも中核にいるのに企画の概要を知らされていないのが気に食わない。
むしろ企画から関わらせてくれたらもっと盛り上げられるのに……。
この感情は疎外感に近いものがある。ヒロインの立場にいながら台本も渡されずに勝手に劇が進んでいくような状況。
ただし台本を渡されていたら必ずその台本にケチをつけていただろう。おそらく父は姫のその性格を見越して黙っていたのではないだろうか。
そう考えると少しずつ心が晴れてきた気がした。
台本を渡されていないのなら、父の代本に従う理由はない。どうせなら思いっきり好きなようにしてやろう。
そうと決まれば台本の流れを大きく逸脱することなく、父と魔王の両方ともを驚かせるアイデアを考えなければならない。
落ち込んでいた気分もだいぶ盛り上がってきた。この気持ちなら魔王とも普段通り話せそうだ。退屈な日常にもいい暇潰しができる。姫は起き上がると、部屋の外に出ようと扉に向かう。気持ちに整理がついたのなら早く魔王との関係も修復したほうがいい。
「よ、よう。偶然……だな?」
扉を開けると魔王がいた。おそらく姫の様子が気になって見に来たのだが、部屋に入って何と声を掛ければいいかわからずに部屋の前でまごついていたのだろう。
そう考えると、姫はおかしくなり、たまらず笑ってしまう。
「ど、どうした? もう機嫌はいいのか?」
「ええ。少し一人で考えたらだいぶ心の整理がついてきたわ。思えばあなたは何も悪くないのだし、八つ当たりになってしまったわ。おかしな態度を取って悪かったわね」
「そ、そうか。俺も知らなかったこととはいえ、黙っていて悪かったな」
魔王の表情がにわかに明るくなった気がした。お互いのわだかまりもなくなり、これで今までの関係は保てそうだ。
最早何も悩みはなくなった。はずだったが、何故か少し寂しい気持ちが残っている気がした。
「食後に少し散歩するから付き合いなさい」
「仕方ないな」
引け目を感じているためか、これ以上姫の機嫌を悪くしたくないためか、魔王は素直に従った。姫は自分の気持ちに僅かに残るしこりのようなものを無視して、計画を立てることにした。
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