第21話 お姫様の窮屈な生活

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 魔王城では変わらず窮屈な日々が続いていましたが、勇者との再会を希望に日々を耐えていました。一時の希望に胸は膨らみましたが、物々しい魔王城と圧迫感のある部屋に閉じ込められて、お姫様の心はやせ細っていくばかりでした。

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「むむむ……」

 窮屈だ。

 朝起きて、パジャマを脱ぎ、ドレスに着替える。ここに置いてあるドレスは全て魔王の部下の手作りだ。元々お城で着ていたドレスは使用人に着替えさせてもらっていたが、ここではそうもいかない。デザインの上ではやや簡素になってしまうが、一人で着脱できるように仕立て直してもらっているのだ。

 それにしても恐ろしきは魔王の部下である。別段測らせたわけでもないというのにサイズがピッタリだったのだ。あの仏頂面が可愛らしいドレスを仕立てるところなど到底想像できないが、なんでもありの魔王城でのことだ、おそらく魔法か何かで作り出したのだろうと自分を納得させていた。

 問題は自分のサイズを知られていたことでも、どうやって服を作ったかでもない。――ピッタリだったということだ。

 以前は感じていなかった若干の息苦しさ。そして、ボタンホール付近の生地の伸び具合。成長期だからとごまかしていたが、丈は変わらずぴったりなのが凄く悔しい。

 原因は――考えるまでもなかった。食事と運動だ。

 部下が作る食事は美味しいし、魔王のような巨体と食事と共にすれば以前よりも食事の量が増えるのも無理のないことだ。運動に関しても、元々そんなにしていたわけではないが、花畑の世話と毎朝の散歩を欠かしたことはない。しかし、日々の景観も変わらず、全体的に薄暗い魔界ではいまいち散歩する気もしないため、自然とインドアの暇潰しばかりするようになっていた。食べる量が増え、運動量が減ったのなら結果は目に見えている。以前からまずいなとは思っていたが、この間の食べ歩きが止めを刺した気がする。思えば焼き菓子とか甘い物ばかり食べていた。

 コルセットをややきつめに締め、服を着る。鏡の前でくるりと回る。いつもより動きにくいがそこまで見た目に変化はない。しかし、このまま寝るまでこの締め付けがあるかと思うと辟易する。しかし、服の紐を緩めるのはプライドが許さなかった。

 コンコンと扉を叩く音が聞こえる。

「どうぞ」

 答えると扉が開く。現れたのは魔王の部下だった。相変わらずの美形で、所作も丁寧で好感が持てるが、いかんせん表情が乏しく、必要なこと以外は話したがらないため付き合い辛い相手であった。

「食事の時間だ」

 部下はそれだけ言うと早々に扉を閉めてしまう。いつもと全く変わらぬ時刻に、全く変わらない台詞である。返事くらい待てばいいのに、と姫は呆れることすら最早なかった。

 さて、なんら変化のない魔王城で、毎日の献立の違いは数少ない楽しみではあるのだが、今日ばかりは試練の時間だ。


 今朝の献立は、サラダとゆで卵、パン、スープと基本的なものだった。魔王と姫は献立こそ同じだが、その量に明確な差があった。パンの大きさも、スープの器も魔王のものは姫の倍以上ある。食べる速度も相応に早いのだが、それでも姫の食事スピードに合わせるために魔王はできる限りゆっくりと食べている。しかし、今日は魔王がもうすぐ食べ終わろうとしているのに対し、姫は半分ほどしか食べていなかった。

 立っているときよりも座っているときの方が締め付けが苦しいというのもあるが、どうやってダイエットをするかを考えていると自然と食事のスピードも落ちてしまう。ついでにもう一つの理由は、魔王がゆで卵を殻ごと丸のみしたからである。殻を剥いている分速度に差が出るのは仕方がない。

 できれば魔王やその部下に気付かれずにことを進めたいものだ。

 食事を摂る量が増えたのだからその分減らせば痩せるのは道理である。しかし、これまで残さずに食べていたものを突然残すようになっては、すぐに怪しまれるだろう。

 ならば増えた食事の分、身体を動かすしかない。元々実家にいた頃は花の世話をする分よく外に出て散歩をしていたものである。魔王城に来てからその習慣がなくなってしまったのが原因であるのならば、そこまで激しい運動をしなくても痩せられるはずである。しかし、この閉鎖された魔王城で二人に気付かれずに運動などできるものだろうか?

 姫はじっと魔王を見詰める。

「どうした?」

 視線に気付いて魔王は声を掛けるが、姫は「なんでもないわ」と返事をし、食事に戻る。

 魔王にだけは相談してみるか。正直恥ずかしいため相談せずに何食わぬ顔で元の体型に戻っていたいのだが、できる限り早く体重を戻すには協力があった方がいい。

 むしろ相談して、宣言することで自分を追い込んだ方がいい。魔王ならば相談をしてもからかったりせず、面倒くさそうにしながらも協力してくれそうだ。むしろ知られたくないのは部下の方だ。

 あの人間嫌いの仏頂面にはなるべく弱みを見せたくない。魔王からなるべくこちらの要望を聞くように命令されているため、協力を頼めばおそらく何も言わずに手伝ってくれるのだろうが、その裏で何を考えているのか全くわからない。相談すればもしかすれば別の表情が見られるかもしれないが、その嬉しさに勝る屈辱がそこにあることは容易に想像できる。

 ――方針は決まった。

 ここは魔王の部下にばれないためにも朝食は残さず平らげなければいけない。ダイエットは朝食後からだ!

 そう心に誓い、姫は朝食を残さず食べたのだった。

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