第18話 初デート
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長い監禁生活に、お姫様の心は沈む一方でした。少しずつ弱っていく姫を見かねて、魔王は一日だけ人間世界の町に出ることを許しました。
そこでお姫様は運命的な出会いを果たします。
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「絶好の買い物日和ね」
城壁に囲まれた都市の脇、人通りの少ない場所に出現し、姫と魔王は街に入った。
燦燦と降り注ぐ太陽に、草木の香りの混じった風、賑わう商店に行き交う人々。たった数ヶ月ではあるが、何もかもが懐かしい。
さすがに中心部ともなると人々の熱気と生活臭で心地良いとはいえなかったが、これは以前の生活でも体験できていなかったものだ。外界に出てきてからというもの、姫の気分は上がり放しだった。
「よし、まずは腹ごしらえよ。あ、あそこ、いい匂い」
姫が指差す先には、小麦を使った焼き菓子が売っていた。小気味いいステップでお店へ向かうと、その後ろを魔王がゆっくりとした足取りでついてくる。
「テンション高いな」
「当然でしょう? 久しぶりの街というのもあるけれど、今まで露店で買い物してその場で食べるなんてしたことがないもの。久しぶりと初めてが合わさって、凄く楽しみだわ」
彼女の表情は明るかった。姫自身、こうも素直に感情が表に出るとは思わなかったが、これは変装しているせいもあるだろう、と自分を納得させた。
暗いお城や重苦しいドレス、立場や状況など色々なしがらみから解放されただけで身体が軽い。
「ほら、お兄ちゃん。あれ買ってよ、あれ!」
「……お兄ちゃん?」
聞き慣れない呼称に、魔王は怪訝な顔をする。
「……俺のことか?」
聞き返すと、姫がとことこと歩み寄って小声で言う。
「この往来で魔王って呼んでほしいの?」
「それにしても偽名とか色々あるだろう?」
事前に決めておくべきだったなと魔王は思う。
「名前を偽っても立場ははっきりしなきゃ。見た目上年齢差が激しいから友達や恋人では不釣り合いだし。いつもの私の恰好ならご主人様と使用人でも良かったのだけれど」
実年齢は見た目以上に離れているのだし、違和感なく呼び合えるとなると妥当な判断だろうか。いまいち納得のいかない表情をしながらも魔王は「確かに……」と返事をする。
「それともダーリンとでも呼んでほしかった?」
「ははは、勘弁してくれよ、ハニー」
「あ、今、背筋がゾワッとしたわ」
「おいおい、ひどいな」
「冗談よ」
言って、彼女は屈託なく笑う。
「さ、行きましょう、お兄ちゃん」
「……わかったよ」
楽しそうな彼女を見て、魔王も今日はとことんまで付き合おうと決めた。
――ことを後悔した。
荷物が重い。いや、重さとしては決して持てないほどではないのだが、量が多く、バランスがとりにくい。服に靴に調度品、アクセサリー、食べ物など目に付くものは片っ端から購入していく。これでまだ昼前だというのだから後が怖い。重さも大きさもバラバラなので、新しい物を購入する度に荷物を積み直し、配置を考慮して持つ必要があった。
「そうだ、次はあなたへのプレゼントを買いましょう」
荷物の持ちすぎであまり前も見えていない魔王に、姫は言った。
「別にいらん」
これ以上荷物が増えるのはごめんだと言わんばかりに魔王は拒否する。
「荷車を買いましょうか」
姫の提案に、魔王は少し欲しいと思ってしまった。しかし、すぐに頭を振り、言った。
「どれだけ買うつもりだ!」
「あるだけ」
「こんなにまとめ買いするやつがいるか。庶民に扮した意味がないだろうが」
「私個人が特定されなければ、庶民だとか貴族だとか大した問題じゃあないわ。どうせ今日一日だけだもの」
「怪しまれるだろう?」
「怪しまれる程度なら大丈夫って言っているのよ」
そういうものか、と魔王は腑に落ちない表情をすると姫が続ける。
「何人か気付いたところで、皆信じないわ。今騒ぎ立てられても、この格好で本人が否定すればそれでOK。本来いるはずのない人間なのだし、大多数の人間のほうが勝手に否定してくれるわよ」
「そういうものか?」
「そういうものよ」
群集心理というものを考えればそうなのかもしれない、と魔王は一応納得する。納得したので、気になったことを聞いてみる。
「というか、本来の目的を忘れていないか?」
「本来の目的は買い物とストレス解消と罰ゲームよ。勇者は二の次」
「忘れていないのか……」
こちらの意図を明確に察しながらも、二の次にされた勇者に魔王は同情を覚えた。
「それで、この街は結構広いが、どうやって勇者を見つけるつもりだ? 一応、宿の調べはついているが、昼間は動き回っていて、部屋にはおらんぞ」
「それについては、魔王軍の魔法少女に占ってもらったわ。あと一時間後くらいに二丁目の裏通りあたりに行けば吉だって」
「雑だな、おい」
その程度の情報だけで勇者に会いに行こうというのは大したものと言うべきか、それだけ優先順位が低いというべきか。
「まあ、まだ時間があるし、飯でも食べていくか?」
「んー、そんなにお腹空いてないのよね」
「そりゃあそうか、あれだけ食べればな」
魔王は納得する。先ほどから買い物の合間に珍しい食べ物が目に入れば注文し、今も彼女の手の中には先ほど買ったばかりの焼き菓子が握られていたからだ。
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