第17話 魔王の正体
姫が鏡の前でくるりと回る。
いつも着ている絹製の美しい装いとは違う。地味な色と丈夫さを重視した簡素な服である。一通り全身像を眺めた後、姫は呟く。
「こんなものね」
街をうろつくには、ドレス姿というのは流石に目立ちすぎる。特に身分がばれてはいけないのだから、王都ではないにしろ、同じ国内なのだ。姫の顔を見知っている人もいるはずである。
服装を変えたところで、整った顔立ちや綺麗な髪、気品までは消せるわけではないが、一日程度ならばばれることはないだろう。問題があるとすれば、安物ではあるとはいえ、上着もスカートも、靴にいたるまで全て新品というのは、ある意味目立つのではないかということだが、そこまで気にする人はいないだろう。
「さあ、あなたも早く準備しなさい」
「本当に俺も行くのか?」
「当然でしょう? あなたの罰ゲームなのよ」
姫のファッションショーを後ろで眺めていた魔王が不満げに肩を竦める。
「いや、でも俺が街中に出て行ったら人々が混乱するだろう? 買い物や勇者と縁を繋ぐどころじゃあないぞ」
「人型になれるのでしょう?」
「知っていたか……」
「当然。というか、人と似た姿のほうが本質だと聞いているし、そもそも私を攫ったときはお城の兵士に化けていたのでしょう? それに、魔王の本当の姿を見るというのも今回の目的の一つよ」
「そうだったのか?」
「以前から見たいと思っていたの。でも、タイミングがなくてね。ただお願いしても断りそうだったし」
「まあな……。人間に恐れられるためにわざわざこんな格好をしているわけだからな」
「今回は人に恐れられてはいけないのだから、当然人間の姿で出かけるわよ」
「わかっているとは思うが、一応本当の姿に戻るだけだからな。俺が人間の姿に似ているのではなくて、人間が俺たちの姿に似ているだけだ」
そこはプライドがあるのだろう、部下と同じことを魔王もまた言う。
「わかっているわよ。その本当の姿にこだわりがあるのなら、普段から元の姿でいればいいのに」
「だから、人間に恐れられる魔王として……」
「今は私しかいないじゃあない。それとも本当の姿を隠したまま結婚するつもり?」
「人間が諦めた後で見せるつもりだった。人間が姫を取り戻そうと足掻いている間に、肝心の姫のほうが俺に心を寄せては面白くないからな」
「言うわね」
軽口を叩く魔王に、姫は期待を躍らせる。
「それじゃあ、見せてもらうわよ。私とデートするのに相応しい姿かしら?」
「まあ、いつかは見せるのだから別に構わんが」
先ほどの軽口とは裏腹に気だるげに魔王が部屋を出ようとする。
「それじゃあ、姿を変えるからちょっと待っていろ」
「ここで戻ればいいじゃあない。それとも元の姿に戻ると見せかけて替え玉を用意するつもり?」
魔王は仕方ないといった様子で姫に向き直る。
「随分疑われたものだな。まあ別に構わんが」
引き留めたのは、疑わしいというよりも魔物の姿からどのように人間の姿に変わるのか興味があったからだ。姫が魔王を凝視していると、魔王がそれでは、と気を入れる。
別に身体が光ったり、都合のいいスモークが焚かれたりするようなこともなく、変身の全貌は見ることができた。
全身を覆っている体毛がみるみる身体に引っ込み、ゴキゴキと骨が鳴り、肉がしゅくしゅくと縮んでいき、角や翼がみるみる身体の中に収まっていく。一言で感想を表すとしたら、グロテスクだった。見なければ良かったと姫は思った。
「へえ」
僅か数秒で変身は完了し、そこには身長一七〇センチ台後半程度の人間の姿がそこにあった。その顔は部下に負けず劣らず整っていた。年齢は人間で言えば、二〇代半ばくらいだろうか。部下と比べるとどこか野性味があり、目も爛々としている。
「へえ」
姫は再度呟く。しかし、その目線は魔王の顔に向いていなかった。
「うむ、股間を凝視しすぎだぞ」
「そうね。何で裸なの? 文化を知らないの?」
「化け物の姿をしていた時を思えば当然だろう。だから服を着てから登場するため外で変身したかったのだが、おまえがここで変身しろと言うから仕方なくな」
「だったらいつまでもぶらぶらさせていないで、服を着ればいいのに」
「そういうおまえこそ、股間に向かって話しかけるな。まあ、部下が服を持ってくるまで待ってくれ」
魔王が指をパチンと鳴らすと、間もなく魔王の部下が扉から顔を覘かせる。
パタン。
魔王の部下はこのカオスな状況を見ると、何も言わず扉を閉め、去った。魔王が呼び止めようと手を伸ばしているが、間に合わなかった。
「どこかに行ったけど?」
「大丈夫。やつは優秀な男だ。今の一瞬で全てを悟り、服を持ってきてくれるだろう。……たぶん」
「いえ、可能性としては割箸を持ってくる可能性も……」
「ワリバシ?」
よくわからなかったため、魔王はその言葉を無視した。
「いい加減股間と会話する姫を見るのも嫌になってきたからな。早く服を持ってきてほしいものだな」
その数分後、服と一緒にどこで仕入れたのか、割箸を添えた部下に底知れぬ優秀さを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます