第16話 罰ゲーム

 夕食の時間、魔王と姫が同じ食卓で同じ食事を食べている。最初の頃は姫のいたずらで面白料理を魔王が食べさせられていたが、それも飽きたのか、今となっては姫と同じメニューに落ち着いている。

 明らかに魔王の体格には物足りない量だが、大きな手に似合わず綺麗に小分けし、食事のペースを合わせている。

「この前の賭けのお願いだけどさ……」

 いつも食事の会話を切り出すのは姫だった。先日チェスで盛大に負け、魔王は姫の願いを聞くこととなった。願い事は考えがまとまってから話をする、その場ではそう言って姫はチェスを切り上げた。そして今、唐突にその話題が始まった。

「私を家に帰して」

「ダメだ」

 姫の願いは辛くも魔王に一蹴された。

「魔王様は随分とあっさり約束を反故にするのね」

「少し無理がある範囲でのお願いと言ったのはそちらだ。その範囲を逸脱すれば断るさ」

 ふむ、と姫は一旦スプーンを置き、言った。

「それなら、帰してとは言わないわ。一日だけ元の世界に行かせてくれないかしら?」

「それならば……しかし、知り合いと出会うのはダメだ。騒ぎになるし、周りが連れ戻そうとするに決まっている」

「お父様やお母様に私の無事を知らせるのもダメ?」

「難しいだろうが、二人以外に知られないという条件ならばできないことはないな。手紙でも書いたら届けさせよう。会うとなれば難易度は跳ね上がるな」

 魔王があれこれ思案していると、姫は手を振り言った。

「ああ、お父様に無事を伝えるっていうのは冗談だから」

「そうなのか……?」

「罰ゲームなのだから私が楽しめることと、魔王が嫌がることが最低条件よ。こんな真面目な頼みするなんて無粋よ」

「そういうものなのか……?」

 家族よりも魔王への嫌がらせが優先というのが姫らしい。

「条件としては、外出することは可能。知り合いに会ったり、私が元の世界に戻っているとばれるような行為はNG。必ずここに戻ってくること。このくらいね」

「まあ、そうだな……」

「それなら王都の南に大きな街があるじゃあない? そこに行きたいわ」

「行って何をするのだ?」

「別に。買い物がメインね。私、王都から出たことがないの。あの街なら交通の要所で品数なら王都を凌ぐかもしれないと聞いているわ。折角の機会だし、誰に邪魔されることなく楽しみたいの」

「そのくらいなら……いや、ダメだ!」

 いいか、と思ったが魔王は頭を振った。

「あの街には勇者がいる。万が一会ってしまっては国王に知られるよりややこしいことになる」

「それも目的の一つよ」

「俺を困らせると言っていたことか?」

「別に事態を混乱させるつもりはないわ。ちょっとだけ。先っぽだけだから」

「いや、先っぽだけって……?」

「どうせ顔は知られていないのだし、正体を明かしたり、助けを求めたりしないわ。少しお話をするだけ」

「それくらいなら別に構わないが、それに一体何の意味が?」

 疑問を投げかける魔王を明らかに機嫌が悪そうに姫がじっと見つめる。

「なんだ?」

「別に。妻に迎えようとしている女が、違う男に会いに行くというのに嫉妬の一つもないのかな、と思って」

「少し話すだけだろう? 問題ない」

 その物言いに姫ははあと溜息を吐く。

「まあ、いいわ。意味と言ってもそんなに大げさなものではないわ。気分の問題よ」

「気分?」

「今回、あなたにお城から攫われて結婚しろと迫られているわけじゃあない? それで勇者に私が救われて、お城に戻って勇者と結婚しろって話になる。それって、場所と相手が変わるだけで状況が何も変化していないのよね。お城からお城に攫われて初対面の相手と結婚するか、お城からお城に連れ戻されて初対面の相手と結婚するか」

「まあ……そうだが……」

 どうにも腑に落ちない表情をしながらも魔王は一応納得する。その場所と相手が何よりも重要だとも思うが、それについては触れないでおく。

「だから救い出される前に少しくらい縁を繋いでおきたいの。私の方は顔くらい知っているけど、声も性格も何もわからない相手と結婚なんてしたくないしね」

「それで、話してみたけど相手が気に入らない奴だったらどうするのだ?」

「そこに関してはそんなに心配していないわ。顔を見れば悪い人ではなさそうだし、神に選ばれた勇者がそこまで性格破綻しているとは思えないし」

「そうだな……」

 魔王は細かく勇者の動向をチェックしているため、勇者が良い人間であることは重々承知している。

「話してみて気に入らなかったら、むしろあなたを応援してあげるわ。後ろから刺すとか」

「お前の方が性格破綻しているんじゃあないか?」

 姫は冗談よ、と手を振る。

「とにかく、どうせ救われるなら少しくらいドラマチックにしておきたいじゃあない? そのための演出よ」

「まあ、せいぜいやる気を出させてくれよ。勇者との闘いを盛り上げたいのはこちらとしても願ったり叶ったりだ。ただ一つ忠告しておくが、勇者を支援するのはあくまでここに辿り着くまでだ。いざ闘いになれば全力で潰しに行くぞ」

 姫ははいはい、と興味なさそうにする。

「とりあえず要求はわかった。部下を付けておくからせいぜい楽しんで来い」

「何を言っているの?」

「何をって……一人で行かせるわけがないだろう? 約束通り戻ってくるか監視は必要だし、世間知らずのお姫様が街をぶらついたら危険もあるだろう」

「そっちじゃあなくて……。お目付け役がいること自体が問題じゃあないわ。お目付け役はあなたが来るの」

「は? 何で俺が……?」

「当然でしょう? これはあなたの罰ゲームなのよ」

 そうだった。魔王はあきれながらも納得する。あくまでも姫の目的は魔王を困らせることだったのだ。

「……めんどくせえ」

「あぁっ?」

 姫にギロリと睨まれて思わず魔王はたじろぐ。

「……わかった。ご一緒させていただきます」

「ふふん、初デートね。喜びなさい」

「……わーい」

 魔王は半ば諦めたように、ともすれば降参するように諸手を挙げて喜んだ。

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