第15話 お姫様の退屈な日常

 ――九二日目

 姫を連れ去ってから三ヶ月が経過していた。

 勇者は、魔王が送り込んだ魔物を一人ひとり処理しており、確実に成長が伺えた。しかし、思っていたよりも時間が掛かっている。魔王がいる魔界では、風景や気温的にも変化がなく、季節というものが存在しないが、人間界では冬に差し掛かっている。

 冬になれば、戦争中の国でも休戦期間に入り、ほとんど人間は活動しなくなる。大量に人を集めていた貴族連中も私設の兵を一度引き上げ、各々の領地で羽を休めるようだ。自然と勇者の活動も鈍るだろう。

 本来であれば、この三ヶ月以内に魔王城の場所を発見して貰い、一戦交えている予定だったが、上手くいかないものである。魔王は大きく溜息を吐いた。

 戦闘力で言えば着実に進歩している勇者であったが、魔王へは近づく気配がない。というのは、王都の南にある都市を拠点として、そこから動こうとはしないのだ。勇者の募集を開始してから三ヶ月の間、未だに応募はあるらしく、また勇者が逗留する都市を拠点に活動する勇者候補も多い。その都市では、非常に人と物の流通が盛んであった。

 勇者は都市を拠点にして、情報収集というよりはお金稼ぎに精を出していた。

 最初に魔物を倒した村で、勇者は大いに感謝され、謝礼に特産品等を受け取っていた。それを都市で売り捌いた後、次の魔物へと挑んでいく。再び謝礼を受け取った勇者は、それを都市で売り捌く。

 初めの内は魔物退治と情報収集がメインだったのだろう。しかし、商売人の血筋なのか、いつの間にか目的が反転してしまっている。勇者以外も最初の一ヶ月程度は精力的に動いていたのだが、現在は小康状態に陥っている。

 人間たちはこの魔王城に辿り着くどころか、魔界への扉の発見すら程遠い状態だ。早く辿り着いては面白くないと、扉の設置場所を分かりにくくし過ぎただろうか。とはいえ、簡単に辿り着けるようにしたところで、一度に沢山来られては応対が面倒だ。折角客人を迎え入れるのだから、雑になっては魔王の名が廃る。

 中々人間が到達しないことにやきもきしてはいるが、これまで悠久の時を生きてきた魔王である。一年や二年待つくらいは瞬き程度の時間というものだ。それに人間たちを楽しませるために部下を差配したり、魔王討伐に来る人間に合わせた饗応の準備をしたりとやることは十全にある。それに時間を掛ければ賭けるほど勇者が美味しく育ってくれると考えれば、必要な時間なのだ。

 それはいいのだ。

 遅れはあるものの、計画通りに物事は進んでいる。時間は掛かっても、人間たちは姫という賞品を目的にいずれ群がってくる。それに心配はしていないのだが、問題は他にある。

 代り映えのしない報告を受け、執務室から出てメインホールへと階段を降りる。

 そこには異様な光景が広がっていた。

 メインホールの中央に魔王が作った魔物が七匹、座っている姫を取り囲んでいる。机が三卓、それぞれにボードゲームが置かれている。魔物が三匹座っており、四匹は観戦していた。

 向きを考えると、姫が一人で三匹の魔物をボードゲームで相手しているように見える。いや、よく見ると魔物は七匹ではなく、八匹だ。姫が座っている椅子が、椅子ではなく愛すべき魔王の配下であった。魔物も姫も真剣な目でボードを見詰めている。やがて姫が目を見開き、三つの駒を素早く動かす。

「チェックメイト、チェックメイト! チェックメイト!」

「うわっ! マジか!」

「くっそぅ! 全敗じゃあねえか!」

 魔物たちが悔しそうに頭を抱える。対する姫は自慢げに立ち上がる。

「ふふん。圧倒的な実力差と露骨な時間調整と偶然の産物によって見事三人同時撃破を達成したわ。私の実力もここに極まったわね!」

「まぐれじゃあねえか!」

「あら、魔王じゃあないの」

 思わず魔王が口を挟むと、姫が振り向く。

「こんなところで何をやっているんだ?」

「チェスよ」

 それは見たらわかるが、魔王はその言葉を飲み込み、続きを聞く。

「何故? それにボードと机はどこから?」

「暇だからよ。机とチェスはあなたの部下が用意してくれたわ。机もボードも駒もDIYだそうよ」

(おお、部下よ。何をやっているのだ?)

 造りもしっかりしており、装飾にも手を抜いていない机に椅子、丁寧に彫られた木彫りの駒に魔王は絶句する。特にナイトの鬣には拘りを感じる。姫の注文が細かかったのだろうが、応えるほうも応えるほうである。

 問題の一つはこれである。数ヶ月という時は魔王にとっては一瞬のことでも人間である姫にとってはそうはいかない。しかも魔王と違って仕事があるわけでもなく、知り合いもいない土地で一人時間を潰すしかないのだ。外に出ることもできず、出たところで何もない土地なのだから、部下に頼んで暇つぶしの道具を手に入れては放置している。今、魔王城には無用な玩具が山積していた。

「それで、何でこんなところで?」

「私の部屋に魔物を沢山呼ぶなんてあり得ないわ。ダンスホールにも使えそうなこの場所なら大きな魔物が集まっても問題ないでしょう?」

「それで、おまえは何をやっているのだ?」

 先ほどから微動だにせずに姫の椅子になっている――成り下がっている魔物に目を向ける。魔物は這いつくばったままの姿勢で答える。

「罰ゲームってやつでさあ。負けたほうが勝ったほうの命令を聞くっていう」

「プライドっていうものがないのか、おまえには?」

「負けたのに言うことを聞かないってのは余計に男が廃るってもんでさあ。まあ、いざやってみるとこういうのも悪くねえかなって思っている自分もいるんですが……」

 なんたることだ……。少し照れながらも嬉しそうに答える魔物に、魔王はがっくりと肩を落とす。

「それで、おまえらは揃いも揃ってお姫様の暇潰しか?」

 ずらりと並んだ魔物たちを一瞥し、魔王は聞く。

「いやあ、俺たちも暇だったので。姫さんに誘われるがままにやっていたらこれが強くって……」

 魔王は、はあと溜息を吐く。

 もう一つの問題がこれだ。本来であればここにいる魔物たちは勇者に倒され、この場にはいないはずだった。しかし、最初に退治した魔物を始め、戦闘した全ての魔物を勇者は見逃してきたのだ。見逃された魔物は魔王城に戻り、再び人間界で暴れるわけにもいかず、こうして暇を持て余しているのだ。

 まあ、大人しく遊んでいる分には問題ないし、この魔物たちも後々使い道はあるだろう。思案していると、姫がこちらをじっと見詰めていることに気付いた。

「何をしているの? 早く座りなさいよ」

 真ん中の席を指差し、言う。

「は? 何で俺が人間の遊戯をせにゃならん?」

「あなたの手下はほとんど倒したわ。そろそろ親玉が出てもいい頃合いじゃあないかしら?」

「全員初心者じゃあねえか。そもそも魔物たちは頭を使うのは苦手分野だ」

「そうね。そろそろ歯応えのある相手とやりたいと思っていたの。お相手いただけないかしら?」

「こいつらを育てろよ。時間はたっぷりあるし、暇人同士だ。ちょうどいいだろう?」

「それも面白いわね。魔王軍の中で魔王がチェスで最弱っていうのも悪くないわ。頭を使うゲームでトップが一番下とか……」

 姫がふふっと笑う。さすがにその状況は嫌だった。

「さすがにそれはないな。創作物が創造主を上回ることはない」

「人間の世界では、子供は親を超えてこそなのだけれど……。だったら、証明してみない?」

 姫は再度席に着くよう勧める。今度ばかりは拒否しにくい。魔王は椅子に腰掛けながら言った。

「いいだろう。俺が勝ったら椅子にしている魔物を解放してもらうぞ」

「えぇ~っ?」

「いや、おまえが嫌がるなよ」

 椅子にされている魔物から不服の声が漏れ、さすがの魔王もあきれた。

「私が勝ったら……少し無理がある範囲でお願いを聞いてもらおうかしら?」

「少し無理がある範囲って……?」

 どんな願いなのか全く想像できず、魔王は姫に聞き返す。

「具体的なことは考えていないけれど、無理のない範囲なら賭けをしなくても叶えてもらえそうだし、第一面白くないじゃあない? できないことはないけれど、魔王自身が苦労して楽しめそうなお願いにするつもりよ」

「怖いな……」

 魔王は素直にそう返した。しかし、賭け事というのはそのくらいでないと面白くない。魔王は気合を入れ直し、言った。

「だがいいだろう! やってやろうではないか! さあ、ルールを教えろ!」

 あ、ダメだ、これ。その場にいる全員がそう思った。

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