第14話 勇者の経験値確認

 ――魔王城、魔王私室兼書斎。

 大量の本が並べられ、木製の机に革の張られた椅子。調度品が少ないものの、無駄のないインテリチックな部屋に不釣り合いの化け物が並んでいた。

 魔王は人間から見たら巨大な椅子に座り、机を挟んで眼前に立つ魔物を見上げていた。

「何故のこのこと戻ってきた?」

 顔は俯いたまま、じろりと魔王は睨み付ける。直立した魔物は、冷や汗を流しながらさながら蛇に睨まれた蛙のように固まっている。

「も、申し訳も……」

「予定では、ほどほどに勇者と闘い、魔物との闘い方を学ばせ、経験を積ませてから倒されるはずだっただろう? 傷一つついていないではないか?」

「はっ。初めはそのつもりで動いていたのですが、途中で手加減していることを看破され、闘いたくないと……」

「言われて闘うのを止めたのか?」

「はっ。相手に闘う意志がなければ、これ以上は無駄と思い……」

「看破されたのを否定して、多少の傷でもつけてやれば嫌でも闘うだろう?」

 確かにそのとおりかもしれない。しかし、多少の傷と言われても難しいところがあった。いくら手加減をしても、一撃当てれば致命傷である。傷をつける程度の優しい攻撃では、いくら否定をしたところで相手に確信を与えてしまうだけではないだろうか。

「元々演技などは苦手で……。人の一人や二人殺していれば話は違ったのでしょうが……」

「まあ、言わんとしていることはわかるがな……」

 指示を出したのは自分だ。さすがに人間に対して全く被害を出さず、緊迫感を出すのは無理があったか。

「言葉を話せないようにして、むしろ獣として……いや、それでは……」

 理性のない化け物が人を傷付けないように手加減するというのは、むしろ非常に高度な演技が必要ではないか。

「何かむさいのがむさいのに説教して、実にむさ苦しいわね」

「おぅっ、いつの間に?」

「最初からいたわよ。この人の陰に隠れて入ったの」

「なんでそんなややこしいことを……」

 魔王にしろ、魔物にしろ、姫の倍以上の大きさがある。部屋の机や椅子もそれに合わせた大きさとなるため、特に隠れていたわけではなかったが、魔王には見えていなかったのだろう。姫は机に上にぴょこんと顔だけ出して、話を進める。

「説教なんて、程々にしておきなさいよ。怒ったところで、起こったことは変えられないんだし」

「わかっているし、怒ってもいない。だが、予定外のことが起きてしまっては、予定をどう修正していくか考えなくては仕方ないだろう?」

「それはそうね。でも、倒されてしまうはずだった部下が生きて戻ってきたのが、どう不都合なのかしら?」

「具体的に問題があるわけではないが……勇者がこの魔王と相対するとき、あまりに弱くては困るのだ」

「何が困るの? あなたは容易に望みを叶えられて嬉しいのではないの?」

「面白くなし。雑魚を相手にするだけでは、人間の催し物に意気揚々と参加した甲斐がない」

「催し物に参加するというのなら、あなたは人間に倒される役だわ。その気はあるのかしら?」

「……手加減をしては面白くなかろう?」

「なんか、はっきりしないわね……」

「今はただの優男だが、奴は仮にも神に選ばれた勇者だ。どうなるかはわからん」

「人間を舐めているのか、舐めていないのかよくわからないわね」

「まあ、今後に期待と言ったところか。ところで……」

 魔王は姫との会話を打ち切り、魔物に向き直った。

「勇者は少しくらいマシになったのか?」

「はっ。思ったよりは飲み込みも早く、軽く打ち合える程度には」

「緒戦の経験値としては十分と考えるか……。できればきちんと倒すところまで経験させておきたかったが、仕方ない。配備する魔物の数を増やして、できる限り鍛えてやるとしよう」

「何それ? つまり私を助けに来るまでの期間が延びるって事じゃあない?」

「多少時間が掛かろうとも、少しでも確率が上がった方が良いだろう?」

 文句を言う姫を魔王はニヤリと笑った。

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