第12話 姫の憂鬱

 魔王の書斎で勇者候補を調べ始めてどれくらい経っただろうか。姫は、水晶から目を離し、大きく伸びをした。元々魔王城とその周辺では、周囲の変化がほとんどないに等しく、時間の感覚が失われる。特に今は、魔王の書斎に篭り放しだった。今が昼なのか、夜なのかもまるでわからない。

 詰まるところ、魔王を倒せそうな勇者は見付からなかった。というより、自分を救い出して、なおかつ自分を妻として迎えるに相応しい人物が見当たらなかった。

「ろくなのがいないわね」

 そう呟く姫に、魔王が答える。

「結局、お眼鏡に適ったのは、本物の勇者だけか?」

「人を面食いみたいに言わないで」

 そう返したのは、本物の勇者も顔以外に特筆すべき項目が見当たらないからだ。確かに優しそうで、可愛らしい顔はしている。しかし、魔王を倒す豪傑の顔とは思えない。装備のセンスも悪くない。しかし、それは城から与えられたものをそのまま着ているだけだろう。ワラワラと軍を引き連れていないところも好感が持てる。しかし、それは仲間を集めることができなかっただけではないか。どの点を取っても、最終的に魔王を倒すことができる器には見えなかった。何ゆえ神は、彼に勇者としての証を与え給うたのか、疑問に尽きない。

「さっきから見ていたら、道中落ち込んでばかり。村に着いても流されるばかりで、ずっと嫌そうな顔をしていたわ。やる気もないんじゃあないかしら? 勇者候補としては、一番期待薄だわ」

「まだ旅は始まったばかりだ。そう悲観するものじゃあないだろう」

「始まったばかりって……終わりはいつになるのよ?」

「この場所に辿り着くだけでも一ヶ月や二ヶ月じゃあ済まないだろうな。下手をすると半年以上掛かるかもしれんし、この魔王を倒すことができなければ、ここが墓場になる。その覚悟はしておけよ」

「冗談じゃあないわ! こんな何もないところで数ヶ月も無為に過ごせというの?」

「魔王が負けぬ限り、一生だと言っている。せめて希望を残した発言をしているだけありがたいと思え」

「むぅ……」

 そうは言っても、発言だけ希望を残されても仕方がないのだ。本日、勇者候補を見た限りでは絶望の文字しか浮かんでこない。そして、何よりも気に食わないのが、そこに自分の介入する余地がまるで見当たらないことである。

 こうなっては、自分の力だけで逃げてしまうのも一つの手ではあるが、それは使いたくない。辿り着くのに一ヶ月では済まないというのだ。脱出して、家に帰り着くのも同等の時間が掛かると考えて間違いない。それをか弱いお姫様が一人で成し遂げるというのはどうにも現実的ではない。

「さて、そろそろ夕食の時間だな。食堂に行くとしよう」

「こんな環境にいて、よく時間がわかるわね」

 文句を言うと、夕食という言葉に反応してか、姫のお腹がキュゥと鳴った。

「確かにこの部屋に時計はないが、姫の腹時計も中々に正確ではないか」

「うるさい!」

 クツクツと笑う魔王に、姫は真っ赤になりながら食って掛かるが、魔王は更に笑うだけであった。

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