第11話 勇者旅立つ

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 魔王がお姫様をさらった後、世界中で魔物が悪さを始めていました。

 魔物たちは、その全てが魔王の手下で、暴れまわる魔物たちを恐れ、不自由な暮らしを強いられました。

 勇者の目的は、魔王を倒すことですが、人々を苦しめる魔物の存在も放ってはおけません。各地へ赴き、魔王を探す道すがら、魔物退治に勤しみました。

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 勇者は一人、王都から南へ、大きな街道をとぼとぼと歩いていた。

 現在の情報によると、王都へ登録に来た冒険者の半数以上が南へと歩を進めているらしい。その理由として、王都の北側が山を一つ挟んで海に面している事、南から来た者から魔物の目撃情報が多かった事が挙げられる。多くの冒険者が、ここから十数キロメートル南へ行った先にある、外壁を有する都市を目指している。こうして歩いている間にも、騎乗した人や馬車等に何度も追い抜かれていった。

 出発して何度目かの溜息を吐く。

 目の前に看板が立っている。これから勇者は、この大きな街道を逸れ、脇にある草を踏み固めただけの道を進まなければならない。

 はっきり言って、皆が行っている都市に行くのが楽しみであった。王都程ではないにしろ、その都市は大きく、様々な都市との中継地点として、商売が盛んなのだ。できる事なら、王都で国王に貰った路銀を幾らか使い、それを売る事で、さらならお金を稼ごうと考えていたのだが、件の都市には寄らない事になってしまった。

 話によると、この街道の外れにある農村にて、魔物が発見され、僅かながら被害が出ているらしい。都市には市壁や堀があり、また兵士も常駐している為、農村の様子を率先的に見て、必要とあらば魔物を退治してほしいとの事だ。

 それなりの人通りがある街道を一人脇道に逸れる。目の前に広がるのは、そこまで大きくはない森だった。森の手前には、幾つか切り株が見える。

 森に入るにつれ、道に雑草が目立つようになった。それでも人通りが全くないわけではないのだろう、道は踏み固められており、歩くのに苦労はなかった。時折くもの巣が張っており、身を屈めてそれを避ける。

 一時間程歩いただろうか。森を抜けると、遠方に畑が見えた。麦を栽培しているようだが、既に収穫は終わっている為、実に閑散とした様子だった。

 しばらく歩くと、民家もちらほらと見えてきて、綺麗な小川の辺には水車小屋も建っていた。

 ――穏やかな所だ。

 とても魔物の被害が出ているとは思えない。とりあえず、誰かに案内してもらおうかと考えていると、子供がこちらを見付け、走り寄ってきた。

「こんにちは! にーちゃん、誰? 冒険者? こんな所に何しに来たの?」

 余程来客が珍しいのか、目を爛々と輝かせている。視線は主に剣や鎧に集中している所を見ると、兵士や冒険者に興味があるのだろう。

「この近隣で、魔物の被害が出たと聞いて、様子を見に来たんだけど……村長さんとかいるかな?」

「魔物?」

 子供は首を傾げて見せた。だが、すぐに合点がいったように手を打ち、案内をしてくれた。


 子供に案内された家は、三部屋ある木造家屋だった。中央に木製の大きなテーブルが置いてあり、奥に長い白髪と立派な白髭を蓄えた翁が座っていた。いまいち表情のわかりにくい口元であったが、彼はにこりと笑い、言った。

「よく来なさった。歓迎しますぞ」

 歓迎の言葉を述べた後、座るよう勧められたため、老人と対面に座る。

 老人の周りには、数人の中年男性が立っていた。こちらに好奇の目を向けながら、ひそひそと何かをしゃべっている。老人は歓迎すると言っていたが、全ての人間がそういうわけではないらしい。

「なんでも魔物を退治していただけるそうで」

「はい。……そのつもりです」

 自信なく勇者が返答すると、ひそひそ話の中に『大丈夫かよ……』という言葉が聞こえた。それは勇者自身にもわからなかった。

「これこれ。そう言うでない。この方は、城からの使いの方が言っておった風貌そのままだ。彼がこの方に任せておけば問題ないと言っておったのだ。『これは国王の意だ』とまで言ってな。それを信じられないと申すのか?」

 老人がそう言うと、周囲の人間は口を噤んだ。国王に指示されたことは、この村に行って魔物被害について調査することであったが、最早調査で済みそうではない。

「それで、どのような魔物なんですか?」

「それが、ここにいる者は誰も見ておりませんのでな。姿かたちはわからんのです」

 逃げられないと腹を括り、情報を求めたが、行き当たりばったりで戦うしかないのだろうか。

「それでは、被害の状況は?」

「羊が二頭と馬が一頭いなくなりましてな。この村も裕福ではない。特に馬を攫われては農作業に支障が出て、冬を越せなくなります」

 目撃者がいなくて、被害が家畜のみか。本当に魔物の仕業なのかが疑わしい。実は狼あたりが出て、家畜を襲っただけなのではないか。もし狼ならば、村の周囲に柵を作るなど、退治以外の方策を提案できる。勇者はそう思い、少し気が楽になった。

 出されたお茶に口をつけていると、老人が思い出したように言った。

「ああ、そう言えば、魔物に襲われて怪我をした者がいました。その者ならば魔物の姿を知っていましょう」

「……先に言ってください」

 その男性は家畜以下か、と思いながら望みが断ち切られたことに再びげんなりとした。


 歩くこと数分。

 老人の案内で、魔物に襲われたという人物を尋ねる。見物人たちもまたぞろ後をついてくる。外部の客が来ること自体が珍しい農村地である。今回の事件に皆興味津々であった。

 納戸のような――老人の家と比べると明らかに小さい家を訪ねる。

「お客さんが来なさったぞ」

 そう声を掛けると、老人はノックもせずに家屋に入った。それに続き、勇者も中に入る。家の中は狭く、見物人たちは皆外で待機していた。

 部屋をぐるりと見回す。むき出しの土壁に、ワラで作ったベッド、中央に暖炉があるだけの殺風景な部屋だった。木製の窓が開け放たれていて、外から取り入れる以外に光源はない。

 ワラのベッドに中年の男性が寝転がっていた。

 全身に包帯が巻かれ、左足は――折れているのだろうか――添え木がつけられていた。

「なんでい、突然?」

 怪我の割に元気そうな男の声が、狭い部屋に響く。老人は答えるように言う。

「いや、あんたを襲ったっていう魔物を退治してくれるという方が来てな。ちょっと魔物に襲われたときの話を聞かせてくれんか」

「ああ? ひょっとして横にいるガキかのことか? 相手は恐ろしい化け物だぞ。頼りになんのかよ?」

「国王陛下がお任せになった人物だ。問題なかろう」

 城からの使いの発言が、いつの間にか国王陛下の発言に変わってしまっていた。こうやって、噂に尾ひれ背ひれがつくのか、と変に納得してしまった。

「以前話したのと同じ内容だぞ」

 男は舌打ちをした。そんな態度のせいか、老人は溜息を吐き、返す。

「とはいえ、お前さんの話す内容が、聞く人によって違っておるようでな。こっちとしても何が正しいのかわからんのだ」

 そう言われて男性は口を紡ぐ。どうやら心当たりがあるようだ。代わりに家の周りで遠巻きに話を聞いていた村人たちが答える。

「三メートルの化け物に襲われたんだろ?」

「俺は五メートルって聞いたぞ」

「スコップしかないのに、勇敢に戦ったんだろ?」

 男の額に汗が浮かぶ。どうやら、何度も話を聞かれているうちに自ら大げさに話してしまったらしい。

「ちくと、灯りを点けるかの」

 長老が断りを入れて、ランプに灯を点す。外を見ると、空が茜色に染まっていた。木窓が一つしかない部屋では、ろくに光も入らず、互いの表情も見えにくくなっていた。赤く淡い光が部屋をぼんやりと照らすと、老人が話を促す。

「ちょっと早い時期だけど、きのこを採りに出掛けたんだよ」

 舌打ちしながらも男は話し始める。

「山道を通って、しばらくしたら少し開けた場所があるんだけど、そこに魔物がいたんだ。気付かれちまって、近付いてきたもんだから、慌てて逃げたよ。逃げている最中のことはあんまり覚えていねえ。ただ必死だった。それで、途中で足を踏み外して崖から落ちた。そこから先のことは覚えてねえ。気がついたら家に運び込まれていた……」

「あ、村の入り口で倒れていたから俺が運んだんだ」

 家の入り口で男が一人挙手している。

「意識が朦朧としていた中で、歩いて帰ったのだろうな……。なんにせよ、生きて帰って来られたのは幸運じゃったな」

 老人がしみじみと言う。

「しかし、わしの聞いた話ともだいぶ異なっておるの。まったく、これだけの話を随分と脚色しおって……」

 老人に諌められると、男はすみません、とだけ言って謝罪した。

「化け物は……三メートルはなかったと思うけど、俺より頭二つ分は大きかったよ。口は大きくて、丸呑みされそうな印象があった」

 男が魔物について細かく説明する。話を聞く限り、大きい熊に近い印象だった。

「あと、言葉を話していた……多分」

「言葉?」

「いや、はっきり聞き取れたわけじゃあないんだ。ただ、『何だ、お前?』って言っていた……ような気がする。それから近付いてきて、必死になって逃げたんだ」

 いまいちはっきりとはしないが、その情報は重要だった。魔物が熊よりも強いかどうかはわからないが、特徴を聞く限り、熊よりも大きい。そして勇者は、自分が熊には勝てないということははっきりと理解していた。しかし、話が通じるとなれば、交渉の余地はあるかもしれない。剣を片手に挑む必要がなくなるかもしれない。

 その後も勇者と老人は、魔物について詳細な情報を求めた。男の回答は、どこか奥歯に物が詰まったような、歯切れの悪いものではあったが、それでもイメージは段々と掴めてきた。おそらくはまともに戦っても勝てないであろうことだけははっきりと伝わってきた。

「どうでしょうか? 魔物退治を引き受けてはいただけないでしょうか?」

 老人はじっと勇者を見詰めながら懇願する。扉の前の村人たちも、黙って勇者を見詰め、有無を言わさぬ雰囲気があった。

「で、できる限りのことはやってみます……」

 この状況で断る勇気はない。そう返事をすると、老人は笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。もう遅いですからな。本日は我が家にお泊りください。なにせ夜の森はある意味魔物よりも危険でございますからな」

「……はい。それでは遠慮なく」

 

 言われるがまま、勇者は再び老人の家へと戻った。質素ながらも温かい食事をごちそうになり、寝藁に転がる。

 本当に今日は疲れた。

 ストレスたっぷりのデートを昼に切り上げたと思ったら、突然魔王討伐へと旅立つことになり、国王や王妃に尻を見られ、今日初めて会った人の家に泊まる。

 今まで体験したこともない壮絶な一日を振り返ろうと思い起こそうと目を瞑ると、何も考えることができなくなり、そのまま深い眠りに落ちてしまった。

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