第10話 勇者発見

 魔王と姫は、卓上に置かれた水晶玉をじっと見詰めていた。中には代わる代わる勇者候補が映されており、それを一人ひとり確認していく。勇ましい格好をした者。複数の仲間を連れている者。高価な貴金属を装着し、配下の大男たちに指示を出す者。しかし、これといった者は見つからない。よく考えてみればそれも当然かもしれない。まだ勇者を正式に募集してから三日も経っていないのだ。今、王都に集まっている人間は、余程王都近隣に住んでいる者か、募集を掛けるより事前に連絡を貰っている立場の者だけである。中には、優秀な武門の出自であり、腕も確かな者もいたが、魔王曰く、ハゲ武芸者には及ばないとの事だ。それを考えると、あのハゲの武芸者は余程の実力を持っているのだろう。

「ふむ、こいつも勇者候補か? あまり強そうには見えないが……」

 まだ、十代半ばだろうか、純朴そうな青年が、一人街道を歩いていた。身に着けているものは、それなりに上等な物のようではあったが、先に見た貴族達のように豪奢なものではない。鎧を着けているが、フルプレートではなく、心臓等の要所のみを守った物であった。そこに関しては、魔王は感心していた。魔物の攻撃をまともに食らえば、甲冑を着けていたとしても致命傷になる可能性が高い。それならば、要所のみを守り、できる限り身を軽くし、避ける事に重点を置いた方が無難であろう。装備はほぼ正解であるが、それに不釣合いなのが、その青年の容姿だった。体格はおよそ標準であり、腰に剣を携えているが、似合っているとは言い難く、初々しい雰囲気を持っている。腕の細さを見ると、まともに振るえるのか心配になってくる。

「あの鎧、城直属の騎士が使っている物に似ているわね……」

 姫がぽつりと呟いた。

「少し意匠が異なるし、簡素になっているけれど、うん。確かに似ているわ。より、お父様好みに近づいた感じ……」

 国王は実直な人間である。あまり芸術等には興味がなく、自らの服に関しても基本的に地味な物が多く、時折派手なものを着る事もあるが、その場合は、大抵周りに勧められるが儘着ている事が多い。花を好み、自分好みの服以外には着ない王女とは正反対であった。

「まあ、でも顔は及第点ね。目は大きくて、真っ直ぐな感じだし、優しそうな顔をしているわ」

 王女がぶつぶつと呟いている間、魔女が魔王へと耳打ちしていた。魔王は、ふむ、と頷き、姫に問い掛けた。

「その男が気に入ったか?」

「まあね。どこぞのおじさんよりは。でも、どう考えても魔王に勝てる人ではないわね」

「喜べ。そいつが勇者らしいぞ」

 姫が怪訝な顔つきをする。当然だろう。装備が上等であれ、その男に魔王を倒せるとは思えない。

「勇者っていうのは、国を救った結果に対して与えられる称号のようなものでしょう? 何故、まだ何もなしていないのに勇者だとわかるのかしら?」

「ああ、少し誤解があるようだな。勇者っていうのは、生まれた時から決まっている」

 魔王の言葉に姫は、益々怪訝な顔つきをした。

「お前も一国の姫君なら聞いた事があるだろう? そもそもお前の国が設立されたのが、勇者の印を持つ者のおかげだと」

「ええ。なんでも世を乱す魔王を倒し、英雄となった後に国王となったっていう伝説ね。吟遊詩人がよく語っているし、書物でも読んだ事があるわ」

「それはほぼ事実と思って差し支えない」

 姫は一瞬バカな、と思ったが、すぐに頭を振った。事実、目の前に魔王が存在し、その魔王が言うのであれば、バカな話などではなく、非常に現実味を帯びた話である。

「そのときの勇者――お前の先祖になるのかな――も印を身体のどこかに持っていた。それに由来して、王家の旗印ができている程だ」

「へえ。話としては知っていたけれど、事実とはね……」

「詰まるところ勇者は、神によって偶発的に選ばれた、魔王を倒す人間だ」

「そうなんだ。つまり、あなたは彼に倒されるという事?」

「倒せる可能性があるというだけだ。負けるつもりはない」

 ふぅん、と姫は興味なさ気に頷いた。

「それにしても、彼が魔王を倒せる唯一の人間だとしたなら、何故お父様はこんな催し物みたいな事をしているのかしら? 全て彼に任せれば良いのではないかしら?」

「お前は、先祖が魔王を倒したという話を聞いて、全てを信じているか?」

「魔王から直に聞けば、それは事実なんだろうとは思うけれど、話半分に聞いているわ」

「まあ、そんなところだろう。国王の知識もそんなものだ。勇者や魔王について知っていて、彼が魔王を倒せるかもしれないとは思っているが、倒せないかもしれない。勇者にしか倒せないかもしれないが、それ以外にも倒せる者がいるかもしれない。なんにせよ、彼一人に全てを任せるのは不安なんだろう」

「それはわかるけど、なら尚更こんなお祭り騒ぎをやらずに、兵を出動させ、国主導で彼をバックアップすべきではなしかしら?」

「一理あるが、そこが王のしたたかなところなのだろう」

 姫が疑問を感じていると、魔王が言葉を続けた。

「お前が思っているよりも、王国は一枚岩じゃあないって事だ」

「それは知っているわ。お父様が王位を継ぐ際に、王位継承権を巡って、周辺諸侯による小競り合いや、身内での暗殺やらがあったらしいわね」

「そうだな。その禍根は今でも残っていて、隙あらば、自分の望む王を新たに擁立し、国をそのまま乗っ取ろうと考えている有力貴族もいる事だろう。その中で城の防備を外すわけにはいかず、また、協力を仰いで余計な貸しを作るのもまずい。それならば、王都は国の守りに専念し、賞品をチラつかせる事で、反目する貴族達に無償で協力させようとしているわけだ」

「その賞品が私というわけね」

 姫の言葉に魔王は、コクリと頷く。

「国の主導権を握りたい貴族達には美味しい話だ。今までは自分の息の掛かった者や、操りやすい者を擁立して、裏から主導権を握ろうとしていたのに、王女様と結婚となれば、誰憚る事なく、王国を手に入れる事ができるのだ。大軍を差し向けてでも俺を倒そうとするだろう」

「そうやって、諸侯の力を削ぐ作戦ね」

「それで実際に倒すのは、貴族でもなんでもないそこのガキというわけだ」

 魔王が水晶に映し出される青年を指差す。姫は、なるほどと唸った。

 魔王を倒そうとして、有力貴族達は大金をつぎ込み、それに失敗する。そして、助け出す勇者は、かつて建国を果たした英雄と同じ印を持つ青年。彼が姫と婚儀を果たし、国王の座を引き継ぐのであれば、誰も文句は言うまい。言ったとしても負け犬の遠吠えとして、貴族の名を貶める可能性が高い。

「でも、守りに専念するのは良いけれど、王都から出ずに何もしなかったら、余計に諸侯の反感を買わないかしら?」

「何も守るのは王都のみではないようだ。現在人間界では、俺に呼応した魔物が、各地に出現している。冒険者達は、それらの情報を書簡で王都に送る決まりがある。その情報を基に、王都は各集落の守りを固める兵や物資を派遣する。また、それらの情報から俺の居場所をある程度割り出す等して、冒険者に情報を流す役割も果たす。例えば、魔物が頻繁に出現する箇所があり、そこは俺のいる場所に近いのではないか、とかな」

 説明に合点が行き、姫は再度、なるほどと唸った。

「……随分人間界の事情に詳しいのね」

 いくらなんでも詳しすぎる、と姫は思った。人間では倒せないと言い放つ魔王にも関わらず、人間の事情に精通し過ぎである。

「あなたとしてはどう思うの? 自分がした事を良いように利用されているようなものじゃあない」

 問われて魔王は、天井を仰ぎ見、少し思案してから言った。

「いや、実に面白いと思うぞ。災い転じて福となす。こちらを利用して、本来無関係な物事を解決しようとする点は、素直に敬意を表する」

 姫は、何が面白いのだか、と腕組をし、鼻を鳴らした。

「というか、こんなに悠長にやっていていいのかしら? だって、こうしている間にも私が、て、て…………手篭め……にされているかもしれないと言うのに!」

 淑女として、手篭めという言葉を言うのが恥ずかしかったのか、最後だけ語気を荒くして姫が言った。

「そういう事なら、三日経った今は既に手遅れだろう。向こうとしては、婚儀と銘打たれている以上、殺される心配はないわけだから、三日だろうと一年だろうと同じ事だ」

「向こうが同じでも、こっちは違うわよ!」

 姫に語気を荒げられ、魔王は、ごもっとも、と肩を竦める。

「それならば、約束しよう。人間共が王女を諦めるまで、お前には手を出さない。そうだな……人間共が諦めた後で、君の父親も呼んで、大々的に祝言を執り行うというのも面白い」

「……何年間も諦めなかったら? それに、諦めたという判断は誰がするの?」

「判断はこちらがするさ。こちらとしても、何年もぐだぐだと待っているつもりはない。ただ、人間共が精力的に動いている間は、こちらも様子を見てやると言っているだけだ。あまりにも進展しないようだったら、こちらからある程度手を差し伸べてやっても良いくらいだ」

「随分とサービス精神旺盛ね」

「お前にはわかるまい」

 姫が疑問に感じていると、魔王は続けた。

「既に一〇〇〇年以上の時を過ごしているのだ。飢えもしない、眠りもいらない、死にもしない。永劫に近い時を歩んできて、楽しみと言えばこうして人間と戯れる事のみだ。こうして向こうが予想外の余興をして、楽しませてくれるのだ。それに乗らない手はあるまい。俺を驚かせるだけの面白い人間がいたら、それだけで負けてやっても良いというものだ」

 魔王はカラカラと笑う。

 姫は、その様子を見て、そんなものなのかしら、と溜息を吐いた。

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